悪意のない国。

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「使者さまだ! 使者さまがいらした!」  突然の光に目を細めた私は、気が付くと金色の瞳を持つ子どもたちに囲まれていた。  むせ返るような暑さも、セミの鳴き声もしない。  私は、天井の高い教会のような建物の中心に立っていた。  柔らかい日差しが天窓のステンドグラスを通して降り注いでいる。色鮮やかな光が空気を染めていた。  美しい。それ以外の感想が浮かばない。  夢を見ているのだろうか。どう考えてもここは、たった今まで私がいたはずの学校ではなかった。  青、橙、赤、極彩色の髪色が踊る光景は、黒髪と制服が行進するモノクロの世界とは正反対だ。あまりの情報量に視神経が混乱している。 「使者さまはどこの国から来たの? 風の国から? 海の国から? ここは花の国だよ。誰もがうらやむキセキの国、花の国にようこそ!」  顔を(しか)めていると、子どもの内の一人が両手を広げ仰々(ぎょうぎょう)しく私にお辞儀をして見せた。 「私は……」  日本と答えようとしてやめた。  背中に張り付く汗ばんだシャツ、握りしめた両手に食い込んだ爪の跡、口の中に滲む鉄の味。元いた世界の残滓(ざんし)が、これは現実なのだと知らしめてくる。  どうやらこれは妄想癖の激しい高校生の現実逃避ではなく、異世界転移をしてしまったということらしい。アニメや漫画ではほのぼのスローライフものから命がけの死亡フラグ回避ものがあるけれど、これはどっち寄りなのだろう。  迂闊(うかつ)な言動は避けるべきだと本能的に理解した。  国どころか、世界が違う。  相手が人間の姿をしていて言葉が通じているのは幸いだが、いつこの好意的な態度が反転するかわからない。 「日の国……」 「火の国?」  適当にありそうな国を答えると、遠巻きにこちらの様子を(うかが)っていた大人しそうな少年が声を上げた。 「わあ、すごい。はじまりの使者さまと同じ国だ」  はじまりの使者? さっきから“使者”という単語がやたら飛び交っているが、どういう意味なのだろうか。
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