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 時は、時にせき止められながらも、流れていく。  たくさんの出会いや別れを経験しながら、流れ着いた先に色とりどりの思い出を積み重ねていく。  どんなに新しく美しい思い出が増えても、それに埋もれることがないように、必ず、すぐに取り出せる場所に移しておく、記憶。  忘れてしまいそうだからと約束しなかった、絶対に忘れたくない希望。  雲河を翔ける、飛行機という名のゴンドラの中、僕らは寄り添いあって笑う。 「あーあ。苗字変わるなら名前も変えたい」 「なーに言ってんの」 「ヒメカじゃなくて、カヒメになりたい」 「なんでだよ。ヒメカって、すごくいい名前だと思うけど」 「オウジカヒメ、のほうが面白いじゃん?」 「プリンスオアプリンセスさーん、って呼ばれちゃうよ」 「そうしたら、『どうもどうも』って両手振るよ」 「ちょっと見てみたいや」  今日も世界は、ぐるぐる回る。  想いや願いも、ぐるぐる巡る。  15年忘れずにいた、ボートを目指し、空を翔ける。  新たな物語が、また、始まる。  隣で微睡むツキがカクン、と体を揺らしたかと思えば、むにゃむにゃと何かを呟きながら、ニィッと笑った。  ゆるんだ口元からは、きらり輝く星が見えた。  かわいい花と共に、ウィーンを経由し、ヴェネツィアへ。  着くなり肺いっぱいに、空気を大きく吸い込んだ。  振りあおぐとそこには、僕らの旅の始まりを祝福するかのように、満天の星とまんまるの月が輝いていた。  〈了〉
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