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2.
姫花と出会ったのは、小学校に入学してしばらく経ってからのことだった。一年生の途中で転校生が来るなんて思ってなくて、先生から新しいお友だちが来ますって聞いた時、それはもうすっごくワクワクした。
転校生は緊張しているのかなんなのか、右手と右足、左手と左足を出すというプログラミングがイマイチなロボットみたいに歩く。教卓の横までくると、ギィっと90度まわって、僕らのほうを見た。
先生が黒板にスラスラと名前を書く――やまなしひめか。
ひめかは休み時間、騒がしい教室の中で、親に渡すように言われたのだろう難しいことが書かれた書類を手にしていた。ちらり覗き見るとそこには、ひめかの名前が漢字で書かれていた。
月見里姫花。
僕は勉強だったらクラスの誰にも負けないと思っていたし、一年生は知らなくてもいい漢字をたくさん知っていた。
漢字に興味があったから、街中で見かける看板とか、「あれなんて読むの?」と母さんに聞きまくって、「ああ! もう! うるさい!」と怒らせるのが日常だった。聞きまくって覚えたことと、聞かれるのが嫌になったらしく渡された子ども用タブレットで学んだ知識が、僕の脳みそには詰まっている。
そんな自慢の脳みそが、閉め忘れた冷蔵庫みたいにピーピーと鳴る。
いやいや、月に見るに里って書いたら、普通『つきみざと』でしょ。なんでそれが、『やまなし』になるんだよ。
僕はその日、ずっと授業に集中できずにいた。
月を見る里について考えることにのみ集中していた。
「ねぇねぇ、やまなしさん」
下校準備にてこずる月見里さんに、僕は勇気を出して声をかけた。
「え、あ、ごめんなさい」
「ん? なんで謝るの?」
「いや、その……とりあえず謝っておこうかな、なんて」
「んー、よくわかんないけど。僕、王寺斗真。自己紹介の時も言ったけど、ほら、クラス全員の名前、一気に覚えるのなんて難しいし――」
「いや、キミの名前だけははっきり覚えてる。王子とウマって、すごく覚えやすかったから」
「あぁ、もう。……なんか安心した。うん、大丈夫」
「え、な、何が?」
「月見里さんは、このクラスにうまく馴染めるよ」
「な、何で?」
「僕のことを『王子とウマ』っていう奴しかいないからさ。んじゃ、また明日〜」
待って、と聞こえた気がするけれど、ちょっとカッコつけながら手をひらひら振って、下駄箱へゆっくり急いだ。
何でだろう。心臓がバクバクする。
何でだろう。喉がカラカラに渇く。
水筒のお茶を飲もうと、蓋を開けたらポン、と鳴った。お風呂上がりに飲む牛乳みたいに、グビっと飲んだら驚いた。
今日のお茶、なんか変だ。
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