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「さぁ、もう行きなさい」 まだ突然の抱擁と義姉の言葉にぼーっとしてしまっていた私は、そこで今更のように思い出す。 「ですが、やっぱりこんな怪我をしたお義姉様を置いて行くなんて……」 「ユーリが行かなければ、あたしは治療を受けないわ。 だから……ね?」 そう言って微笑まれてしまっては、私はもう何も言うことは出来なかった……。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 後ろを気にしながら立ち去る義妹の姿を見送り、フェーネフ子爵令嬢エミリアはゆっくりと息を吐いた。 「これで何とか大丈夫かしらね……」 もう誰も答える者は誰も居なくなった室内で、壁にもたれ掛かるように座り込みながら一人呟く。 「これで良かったのよ。せっかく思い出したのに、なんも出来なかったあたしへの罰ね、この怪我は」 エミリアには、この世界で産まれる前の記憶があった。 そのことを思い出したのは、フェーネフ子爵と母が結婚し、この屋敷で初めてユーリの姿を見た時だった。 エミリアの母は、フェーネフ子爵の所謂愛人だった。 子爵と亡くなった前子爵夫人とは政略結婚であり、二人の間にはなんの情もなかった。 その結果、子爵も夫人も屋敷の外へ愛人を持つようになる。 子爵が、実の娘であるはずのユーリに対して、幾らこの国では全く見ない黒髪に深紅の瞳であろうとも、異常な程冷たいのは本当に自分の娘なのか疑う気持ちがあったからなのだろう。 だが、エミリアは知っていた。 彼女が間違いなく子爵の娘だということを。 何故なら、かつて生きていた世界で読んだからなのだ。 そう、ここはエミリアが前世で読んだとある小説の世界だった。 「思い出した時は本当にどうしようかと思ったわ。 だって、救いようのない悪役なんて……ねえ?」 記憶を取り戻したエミリアは、すぐにこの世界での自分の役割を理解した。そして、絶望した。 子爵と継母、義姉から虐待を受けて育ったユーリは、売られるように大公の元へ嫁ぐ。 大公という地位にありながらもこんな田舎子爵家の令嬢を娶ることになるのは、ひとえに大公に関する人々の噂であった。 【辺境の悪魔大公】 それが、かの大公の渾名だった。 北方の険しい山々に生息している魔獣や、北の大帝国との国境を有する大公領は必然的に魔獣討伐や帝国との国境を巡るトラブルで争いが多い。 その全てを圧倒的な武力で制して来た大公は、守っているはずの自国民からさえも恐れられているのだ。 悪魔と契約し、その力でもって勝ちを得ているとか、挙句の果てには大公自身が悪魔であるとさえ言われている。
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