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とんでもない話ではあるが、エミリアは当然それが事実とは異なることを知っている。
大公の本当の姿は、ただの優しく少し不器用なだけの青年だ。
戦での勝利は、全て綿密な戦略と戦術によるもの。
もちろん、大公自身やその部下達の武力もあるが。
大公自身が王都や其の周辺の貴族との関わりを面倒くさがって噂を放置しているだけなのだ。
そして、そんな大公の性格をわかっているから、兄である国王もそれに倣っている。
「そうじゃなきゃ、誰が可愛い妹を送り出すもんですか……」
そう、エミリアにとって血の繋がらない義妹であるユーリは可愛くて仕方ない存在だった。
何故なら、前世で大好きだった小説の、大好きなキャラクターなのだから。
「ううん、それだけじゃないわね……。本当のユーリを見ていたら好きにならずになんていられる訳ないじゃない……。それなのにあたしは……」
血を流し過ぎたのか、段々と朦朧としてくる頭でエミリアはユーリの姿と、自分が彼女へしてしまったことを思い出す。
父や継母だけでなく、使用人からすらも虐待を受けているにも関わらず、健気に頑張るユーリ。
エミリアは最初は大公家からの縁談が来るまで、自分がユーリを守るつもりだった。
もしかしたら、自分が働きかければ子爵やエミリアの母との関係も改善出来るかもしれないとも思っていた。
そんな前世でよく読んでいた小説のような展開を信じていたエミリアだが、現実はそうはいかなかった。
エミリアが何を言っても、両親も使用人すらもユーリへの態度を変えようとすることはなかった。
唯一、専属侍女であるアンナだけはエミリアの言うことを聞いてくれたが、それだけでユーリの置かれている立場がよくなることはなかった。
それだけではない。
ある時から、突然意識が靄に包まれるようにぼーっとして、気が付いたらエミリア自身までもが母と一緒になってユーリを虐待していた。
自分のしたことが信じられず、慌ててユーリを助けようとすればするほど、その靄に包まれるような感覚は強くなっていった。
「小説の強制力ってやつだったのかな……」
そのことに思い至ってからというもの、自分が何かすればユーリがより酷い目に遭うのではないかと恐ろしくなり、ユーリへと近づくことが出来なくなってしまった。
それでもユーリが心配ではあったが、小説のユーリはやがて大公家に嫁いで幸せになる。
だったら、もう何もしない方が良いのかもしれないと思っていた。
「もう、あたし自身や両親の断罪は避けられ無いだろうけど……。どうせ一度は死んだ身だし、可愛い妹が幸せになれるなら、それも悪くないのかな……」
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