揺蕩う

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揺蕩う

郊外の水族館へ向かうために碧とアカネは電車に揺られていた。少しだけ寒い車内は不思議と碧とアカネ以外誰もいなかった。何を話すことも無くお互いに移り変わる景色を眺めていると、海が見えてきた。碧はアカネの方へ視線を向けると、アカネの瞳は海を移してキラキラと綺麗だった。楽しげな表情の中に儚さがあった。アカネの頬に手を伸ばしかけた時、降りる駅のアナウンスが流れる。すぐさま手を下ろし、碧とアカネは生暖かい外へ出た。 水族館には駅からさほど遠くなく歩いて10分くらいで着いた。夏休みだからか、親子連れなど人で溢れかえっていた。やっとの思いで入場料を支払い、チケットを手に入れる。人混みの中をかき分けながらエスカレーターを下る。世界は薄暗くなり碧達を包み込む。目線の先には悠々と泳ぐ魚達の姿が見えた。わぁっと歓声をあげる。繋がれていた手が離れアカネは水槽の前へ駆け寄る。 「ねぇ、アオイ!見てみて!この魚めっちゃ可愛くない?」 色とりどりの魚を指を指す。 「ほんとだ、綺麗だね」 テンションの高いアカネを見ると自然に笑みがこぼれた。アカネが碧の手を取り、次の水槽を見ながら歩き出す。そっとアカネが 「アオイ。わたしここに来れて本当に嬉しい」 薄暗いせいか、アカネの表情は碧には読み取ることが出来なかった。幻想的な世界が2人を包み込む。たった2人だけの世界で、周りの喧騒なんて聞こえていなくて。パッと世界が明るくなる。大きな水槽にサメやエイたちが、自由に泳ぎ回る姿が見えた。イワシみたいな小さな魚たちが群を成していたり、名も知らぬ多種様々な魚たちがそこにいた。目を奪われる。立ち止まり息をするのも忘れ、ただただお互いに何も言わずにその場を見つめていた。握る手が強くなる。その感覚で意識が現実へ戻される。アカネは碧を見つめていた。 「そろそろいこ」 碧が頷くと同時に歩き出す。少しだけ涼しくなった外へ出た。建物の色はオレンジに、青とピンクが幻想的に空を染めていた。灰色の雲が日の終わりを告げるかのように夕日を隠していた。18時。水族館を楽しんだ人達は各々の家へと帰る。楽しかった思い出を持ったまま、日常へと戻る。 「ねぇ、アオイ。最後に行きたいところあるから行こ?」 最後なんて言わないで。言葉は音として発することは無かった。何も言わず碧はアカネの背中について行く。知らぬ間に離れていた手の温もりは無くなっていた。
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