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クリームソーダ
「いらっしゃいませっ」
冷ややかにそう言いながらお冷を運んで来たのは、この春からこのカフェでアルバイトをしている男子学生。
彼がテーブルに置いたグラスの音が、いつもより少々大きめなのは、手が滑った訳ではなく、そこには彼の何某かの感情が含まれている。
端正な顔立ちに温和で真面目。働きっぷりも申し分のない学生ではあるのだけど、この若い女性客への対応だけはここのところ次第に冷たくなって来ている。
カウンター内で作業をしているオーナー夫妻も、それには顔を見合わせて溜息を吐いてしまう。
そんな店内の雰囲気とは裏腹に窓の外は天気良好。ここのところの真夏日は、今日も継続中である。
「クリームソーダ300円のをくださ~い」
「そんなメニューは、あ・り・ま・せ・ん」
「え~っ、昨日も一昨日もあったのにぃっ?」
「それは…でも、今日はありません」
「じゃあ、350円のをください」
「それも、ありません!メニューを見て下さい!クリームソーダは600円です。ひやかしだったら、お持ちしたお冷を飲んでお帰り下さい」
それでもこの女性客には、お冷を無料で奉仕するようである。
「ええ~だってぇ、外に出たら物凄く暑いんだよ」
訴えるように彼を見つめる女性客。
「そうですね、外は暑いですねぇ。夏ですから」
だが、彼はそれを軽く受け流す。
「だから、冷たいものを飲みながら、少し涼みたいな~なんて思ったりして…」
「では、お冷をどうぞ」
「お冷は、今はちょっとおいといて…
え~と、そしたら甘くて冷たいものを飲みながら涼みたいな~なんて思ったりして」
と、甘いと言う言葉を付け足して、”お冷”攻撃から打開を試みようとする女性客。
「なるほど、でっ?」
「”そうだ、カフェへ行こう!カフェでクリームソーダを食べなきゃっ!!”って思っちゃったりしちゃって…だから、ねねね、お願い、ね」
「なるほど、そうですか。よ~く分かりました。少々お待ちください」
「えっ、いいの?ホントに?ホントにいいの…」
彼は喜ぶ女性客の言葉を最後まで聞かずに踵を返し、カウンターに向う。
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