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再登場
『いらっしゃいませ』
彼とオーナー夫妻の三人の声が揃い、三人がほぼ同時に扉に目を向ける。
すると、その視線の先には三人とも一瞬目を疑ったが、色は違えど見覚えのある姿があった。
それは、暫くご無沙汰をしていた、紛れもなく満面笑みの彼女の姿であった。
一見、日焼けで真っ黒になっていたので、三人とも眼を疑ったが…。
「・・やっとこれましたぁ~」
三人に向かって明るくそう言うが、ワンテンポ間を置いてそう言う彼女には、ちょっと無理してる感が窺える。それを察して、
「ほら、立ってないで彼女を涼しい席に案内しなきゃ。彼女汗だくよ」
オーナーの奥さんが彼を促す。
彼は慌てて冷房が一番効く席に彼女を案内する。オーナー夫妻はそれを横目でチラチラと窺っている。
「その~、え~とご注文は?」
久しぶりで、よそよそしくなってしまう彼。
「いつものクリームソーダ、普通ので下さい」
「普通の?」
「はい!」
それは小さくなく、砂糖水でもない、メニューにある正規のクリームソーダである。
その意味はもちろん彼にも直ぐに理解できたが、つい疑ってしまう。
「あっ、少、少々お待ちください」
暫くぶりに会えて彼もいつもの軽口が出て来ない。
彼は片言の定型文のみの対応で、カチカチにかしこまったままカウンターに戻ろうとするが、そこで、彼女に呼び止められた。
「あの~良かったら。今日バイトが終わったあとに一緒にご飯に行かないかな~なんて…もちろん、私の奢りです!予定が無ければなんですけど…忙しいですか?」
緊張のあまり、つい立ち上がってそう言う彼女。数人いる他の客の視線など全く視界に入ってはいない。
「うんっ、えっ、食事?」
「はい!」
「ま、まあ、予定はないけど…その~大丈夫?」
「それは、もちろん大丈夫!バイト料入ったから。ずっと無理言ってたから、そのお詫びにと思って」
”大丈夫”だけで、それがお金であることは共通の認識であるようだ。
「うん、まあ、大丈夫なら…」
「良かったっ!じゃあ、バイト終わる時間に合わせて迎えに来るね!」
そう大きな声で喜んだ瞬間、他のお客さんから笑いが漏れ、それに気づいた彼女は、恥ずかしそうに今さらながら音を立てずに、静かに椅子に座り直す。
それを見て、いつもの彼女であることに安心して、彼からもやっと笑みがこぼれる。
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