私のことを『綺麗な人』だなんて、エミリはいい子だ

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私のことを『綺麗な人』だなんて、エミリはいい子だ

 私は『普通は男性が私を送るわよね?』と思いつつも、しかたなく青年を家まで送り届けた。  青年の家は、貴族街の端にある古い小さな建物だった。大きさだけでいえば、私の家の馬小屋と同じサイズだ。  家に着くまでの間、私の送り迎えをしている5人の従者と馬車がピッタリと後をついてきた。この青年は眼鏡を付けていないから分からなかっただろうけど、周りから見たら異様な光景だったと思う。  従者が5人いたから身の危険はないのだが、プチ大名行列を見にきた庶民の視線が辛かった。  家に着くと青年は「せっかくなので、夕食を食べて行ってください」と私に言った。  ウィリアムズ公爵令嬢として、そんなはしたないことはできない。食事をしているところを知らない異性に見られる訳にはいかないしね。  私はキッパリと断ることにした。 「えっ、私を誰っ」 「どうぞ、どうぞ。狭くて汚いところですが」青年は笑顔で私を家に招き入れた。  名乗るタイミングも、断るタイミングも逸した私。  仕方なく彼の家に入った。 「お帰り。あら、綺麗なお嬢さんを連れてきたのね」青年の母親らしい女性が言った。  質素な身なりだが綺麗な女性だ。母親にしては若いような気がする。 「うん。学園で眼鏡を落として困っていたら、助けてもらったんだ」と青年は言った。 「お兄ちゃん、おかえりー」弟らしき男の子が出迎えた。 「トミー、ただいま」と男は言った。  年齢は5~6歳くらいだろうか? 可愛らしい弟だ。 「お兄ちゃん、おかえり。すごく綺麗な人」  今度は妹らしき女の子が言った。  この女の子は弟よりも一回り小さい。3~4歳くらいかな? 「ただいま、エミリ」と青年は言った。 ――私のことを『綺麗な人』だなんて……  エミリはいい子だ。私を綺麗な人だと理解している。  それにしても、私を誰だと思っているのかしら?  って、名乗ってないから誰も私の事を知らないわね。 「お兄ちゃんの彼女なの?」とエミリがしつこく聞いている。 「違うよ。彼女じゃないって」 「そういえば、お名前は?」青年の母親が私に質問した。  やっと名前を名乗れるときが来た。 「私の名前は……」 「まあ、その話はごはん食べながらでも。さあさあ、座って」そう言って母親は私を席に案内した。  ことごとく名前を名乗れないのね…… ――なんか調子がくるうわー  私がため息をついていたら、青年がスペアの眼鏡をかけて部屋に入ってきた。 「えっ、公爵令嬢のマーガレット様じゃないですか。どうしてここに?」青年は驚いて言った。 ――え? いまさら?  私は不本意ながら説明する。 「私は何度も名乗ろうとしたけど、あなたが遮ったのよ」 「そうですか。何も見えなくてテンパってしまいました。大変失礼いたしました」 「まあ、よくってよ」 「僕はロベールです。それはそうと、ごはんを食べましょう」 「あら、公爵家のお嬢様なの。こんな汚いところにお越し頂きありがとうございます。お口に合うか分かりませんが、召し上がって下さい」  母親はかしこまって言った。 「母さんの焼いたミートパイは最高なんです。ぜひ召し上がって下さい」ロベールが言った。  私はこの状況で断るものどうかと思って、ミートパイを食べていくことにした。  その前に……、家の周りを取り囲んでいる従者を何とかしないといけない。  私が家から出てこないことを心配して、従者が乗り込んでくるかもしれない。  だから、私は待機する従者に「屋敷に先に戻るように」と伝えることにした。 「ちょっと、その前に……」私がそう言って家の外に出たら、ロベールが「どうしましたか?」と言ってついてきた。 「私の従者があなたの家を取り囲んでいるから、屋敷に帰すのよ」  家を取り囲んでいる屈強な男たちを見て、ロベールは状況を理解した。 「ひょっとして、学園からずっとですか?」 「そうね。私は馬車で通学しているから、従者と馬車が私たちの後をついてきたわね」 「すいません。そんなことになっているなんて……」 「従者はずっと家の中を監視していたの。私に何かあったら突入するつもりだったと思うわ」 「従者が突入してきたら、僕たちはどうなってたんですか?」 「グサッっと、じゃないかな?」 「あの……。僕はどうなっても構いませんから、家族だけは助けてもらえませんか?」 「ハハハハハ、大丈夫よ。従者は屋敷に帰すわ。そうしないと、食事中ずっと監視されることになるから」  私はそう言うと責任者のフィリップに事情を話し、先に屋敷に帰るように伝えた。  従者の姿が見えなくなってから、私とロベールは家に戻った。  家に入ると食事の用意ができていた。いい匂いがする。  ロベールの家族は食事を始めずに、私たちを待ってくれていたようだ。  まず、私はミートパイを一口食べた。 ――おいしい!  私の屋敷の料理人の腕は一流だけど、ミートパイはロベールの母親の方が上だ。  味の良し悪しはお金じゃないのかもしれない。 「おばさま、とても美味しいですわ」 「あら、ありがとう。公爵令嬢のお口に合うか不安だったけど、よかったわ」 「うちの料理人にも負けない腕前です。特に、ミートパイはおばさまの方が完全に上ですわ」  お世辞ではなくロベールの母親の作った料理はどれも美味しかった。  テーブルを見渡すと、弟のトミーと妹のエミリが口いっぱいにミートパイを頬張りながら楽しそうに騒いでいる。 ――我が家とは大違いね……  こんな風に誰かと話しながら食事をしたのは初めてだ。  私の父は厳格な人だ。だから、家族と食事をする機会はあっても私語は厳禁。  それに比べて、ロベールの家の食卓は賑やかだ。 ――食事が楽しいものだとは知らなかったな……
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