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「そういうあなたは、これから現世に向かわれるのでしょうか」
「ええ、そのつもりです。この先に私の望むものがあるという声を聞いたのです」
「あなたが望まれるのは、命でしょうか」
私は答えるのをためらった。死者が現世に向かうのだから、そういうことになる。しかし、彼女がこれから提案するであろうことが、私に言葉を飲み込ませたのだ。
「良かったら……」
「命を粗末にしてはいけません。一度失えば、もう二度と戻らないのですよ」
「いいえ、構いません。世の中には死を望む者もいるのです」
彼女は強い口調で言うと、私を見据えた。彼女の悲しみが滲み出るような、深い色だ。
「私が現世に向かっているのは、希望のない冥界から逃げ出すためなのです。そんなところに、なぜあなたのような方が」
そこまで言って、私ははっとした。今、何を言おうとしたのだろう。ついさっき会ったばかりの相手に。私は彼女に特別な思いを抱いてしまっているのか。
「私がなんだと言うのです」
「……とにかく、死に急ぐような事は容認出来ません。そもそも、冥界がどのようなところかご存知なんですか」
「死者が眠る世界でしょう」
「そう、永久に眠るだけの、無が支配する世界です」
「結構ではないですか。私の望むところです」
彼女の意志は固いようだ。こうなると、お互いに動くことが出来なくなる。私は彼女を死なせたくない。彼女は冥界で命を捨ててしまいたい。
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