恋は儘ならない

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「遅かったね」 部屋に入ればノートに向かっていた慈雨が顔を上げる。 平常心だと心の中で呟きながら虹輝は頷く。 「ついでにちょっと母さんに連絡しといた」 「そっか」 頷く慈雨はいつもの通りだ。先ほどの雰囲気が一蹴されていることに安堵する。 慈雨と同じように教科書を開き平常心を保つように問題に集中する。 時折声をかけられ答えを解説しながら小一時間たった頃休憩として慈雨が菓子を勧めてきた。 「これ、中村さんが作ったフロランタンなんだけどうまいよ」 アーモンドをカラメルで絡めた菓子だ。 ほろ苦いカラメルが甘すぎず絶妙に美味しい。薄いグラスに入ったアールグレイのアイスティーも香り高く、さすがだと言うしかない。 「ほんとにうまい」 こんなに美味しいものを食べているのに、成宮兄妹は虹輝の作ったドーナツも庶民料理も絶賛してくれるのだ。 ふと思い出して嬉しくなる。 「たくさんあるから陽太に持っていくといいよ」 「あいつにこの高級そうな菓子の味が分かるかどうか」 「あはは、陽太なんでも美味しいって食べるもんね」 いつも通りの慈雨に先ほどのことは虹輝の妄想だったのではと思うほどだ。 恋愛経験のない虹輝に先ほどの慈雨を妄想できるかは別として。 控え目にノックの音が響く。 「はい」 慈雨が立ち上がればドアが開いた。家政婦かと思ったが、上品そうな和服姿の女性だった。 「慈雨、お友達が来ていると聞いたからご挨拶させてちょうだい」 「はい。クラスメイトの佐藤虹輝くんです。虹輝、祖母だよ」 どこか余所行きの顔で笑って虹輝を紹介する。 「佐藤虹輝です」 虹輝も笑顔をつくって挨拶する。 「いつも慈雨がお世話になっています。杏奈もお世話になっているフローリスト佐藤の息子さんかしら?」 「はい、いつもご利用いただきありがとうございます。こちらこそお世話になっております」 虹輝の返しに祖母は破顔する。 「しっかりしているのね。奥さまにとても似てらっしゃるし。そうだわ、良かったらお夕飯を召し上がっていかない? いつも慈雨達ばかりいただいてしまって申し訳ないと思っていたの」 「あ、いえ、そんなわけには……」 急な提案に虹輝は戸惑う。 「学校での慈雨の様子も聞きたいわ。ぜひ」 「虹輝、俺からもお願いするよ。良かったら、ね?」 どこか嬉しそうな慈雨と期待に満ちた祖母の様子に断れるわけもなく、虹輝はぎこちなく頷く。 「あの、一応家に電話して確認してからでもいいですか?」 「もちろんよ。早速お夕飯の準備をしてもらわなくちゃ」 嬉しそうにそう言って部屋を出ていく。 クスクスと慈雨が笑った。 「強引でごめん。こうやって友達連れてきたのが初めてだから祖母も嬉しかったんだと思う」 「ならいいけど……」 機嫌の良さそうな慈雨にまぁいいかと家に電話をした。 その結果、杏奈は佐藤家で、虹輝は成宮家で夕飯を食べることになった。
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