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「ふたりともありがとう。俺はどっちに入れて貰ってもいいんだけど」
少しばかり困ったように言う慈雨にどちらも譲る気がないふたりが言い争っているのを他所に虹輝は傘を広げた。
その気配に気づいたのか、慈雨が振り返る。
「じゃあ佐藤入れてよ」
「は?」
慈雨以外の三人の声が揃う。
「そうしたら解決だろ」
「えー?」
女子たちからじろりと睨まれて虹輝は内心たじろいだ。表情筋があまり動かない自覚はあるのでおそらく見た目は分からないだろうが。
完全なとばっちりである。
「あ、俺が持つよ」
返事も聞かず慈雨はわざわざ虹輝の目の前を横切って隣へと収まる。そうして虹輝の手からさっと傘を奪った。
「やだ、男二人で相合傘なんておかしいよ。慈雨くん、ほら」
赤い傘を振り上げるのに水滴が落ちて虹輝の頬を濡らした。
それを見た慈雨の表情が一瞬険しく見えてどきりとするも、次の瞬間には柔らかな笑みを浮かべた。
「……ほら、ふたりで小さい傘に入って女の子が濡れちゃうのは俺も嫌だしね?」
にっこりとした笑みと歯の浮くようなセリフに、虹輝ならいいということかとほんの少しムッとする。
「それから、俺、自分の名前好きじゃないから名字で呼んでね?」
「どうして?素敵な名前なのに」
「ありがとう、でも、雨ってつくしどこか暗い感じで嫌なんだよね」
慈雨がニコニコとしながら言うのに隣にいて少し違和感を抱く。親しくもないのに気易く呼ぶなというニュアンスが含まれているような気がして落ち着かない。どちらにせよ虹輝には関係のないことなのだが。
女生徒二人は納得のいかなそうな顔をしながらも前を歩き出した。
「……ごめんね、佐藤」
「え?」
「巻き込まれた、って顔したから」
しれっと、だが、どこか面白そうな顔でそう言う慈雨に眉を潜める。
「そう言うならやめて欲しかったけどな」
「あはは、ほんとごめん。今度お礼するから、ね?」
虹輝だって分かっている。ふたりのどちらかを選んで角が立つくらいなら虹輝を選んだ方がいいと。慈雨がしたことは賢明な判断だ。ただ、その関係者にはなりたくなかった。
いつもの胡散臭い爽やかな笑みを浮かべる慈雨にひっそりとため息をついて虹輝は小さく頷いた。
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