恋は儘ならない

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「慈雨」 「……おかえりなさい」 慈雨の纏う空気が張り詰めたのがわかった。車の中の人物は60代後半から70代前半の初老の男性だった。会社の社長や政治家のような雰囲気で自信が漲っているのが初見で分かった。そこにいるだけで威圧感が半端ない。 「どこへ行く」 「杏奈を迎えに行ってきます。虹輝、祖父だよ」 「クラスメイトの佐藤虹輝です。慈雨くんにはいつもお世話になっております」 見定められるような視線を感じて虹輝は頭を下げた。虹輝の態度や身なりを一通り見て慈雨の祖父は頷く。 虹輝と慈雨の通う高校は難関校ということもあり、その制服を着た虹輝はとりあえず合格だったのだろうと少しホッとする。 「あまり遊んでいないで学業に身を入れるように」 「はい」 祖父はそれだけ言うとスモークの入った窓を閉めた。滑るように車は動き出す。 慈雨は小さく頭を下げてそれを見送った。 「……」 虹輝はそんな慈雨の後ろ姿をじっと見つめる。 何を思っているのだろう。慈雨はいつだって誰かの見本になれるほど優秀だ。何より学業をおろそかにしていないことなどいつも見ていれば分かるはずなのに、と腹立たしくなる。 そんな虹輝の怒気を気取ったのかもしれない。慈雨は少しばかり困ったような顔をして振り返った。 「ごめん、虹輝」 「なんでお前が謝るんだよ」 思わず声が尖ってしまったのは否めない。慈雨はそんな虹輝へと作り物のような笑みを寄こした。 「祖父が虹輝に対して失礼な態度だったなと思って」 「……そんなことどうでもいい」 見定めるような視線も不遜な態度もどうでもいい。孫の友達を祖父として見定めるのならば構わない。虹輝はただ慈雨への最後の言葉が気に入らないだけだ。 だが、慈雨が泣き言を言わないのなら虹輝が口を出すことでもない。 「……遅くなると困るだろ、行こう」 祖父が帰っているのなら夕飯も一緒にとるのだろう。早く杏奈を迎えに行ってこれ以上余計なことを言われないようにさせたかった。 「うん」 慈雨は虹輝の気遣いに気づいたのか、また申し訳なさそうな顔で笑った。
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