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すれ違う想い
「お前ってほんとこういうとこ男の敵だな……」
「ひどいなぁ……虹輝が欲しいって言ったから頑張ったのに」
虹輝が目の前に揺らした透明のビニール袋では白と赤の尾の長い金魚と黒の出目金が優雅にヒレを揺らしている。
あの後、慈雨はポイを少し破りながらも見事に黒の出目金を手に入れた。他にも赤の金魚を二匹掬ったが、持ち帰れるのは二匹までとのことで、最初の二匹を貰ってきたのだ。
有言実行、涼しい顔をして相手の我儘をさらっと叶えてしまうあたり、本当に王子様だと言わざるを得ない。
「ほんと何でも器用にできるよな」
「そんなことないよ。……気に入ってくれた?」
「……うん。ありがとう」
「どういたしまして」
金魚がパクパクと呼吸するさまが可愛らしくて虹輝は笑みを浮かべる。
空では花火が佳境を迎えている。混む前に、と二人花火を背に帰路につくと、慈雨が先ほど買ったりんご飴を虹輝に渡した。
「はい、お土産。今日はすごく楽しかった」
心の底からの笑顔に虹輝も微笑む。
虹輝も慈雨の隣で花火を見ることができてとても楽しかった。つかさのおかげで二人きりのデートのような時間だったと少し気恥しくなる。それでも虹輝は慈雨を見つめた。
「俺も成宮と一緒ですごく楽しかったよ」
「よかった!」
慈雨がホッとしたように表情を明るくする。
「浴衣もあることだし来年も一緒に見に来ようよ」
「そうだな」
虹輝は頷く。
「それにしても虹輝、なんで俺のこと名前で呼んでくれないの?」
「え?」
「たまに名前で呼んでくれる時はあるけど……基本苗字だろ? もっと名前で呼んでよ」
「……なんか慣れてないからつい」
「何回も呼んで慣れてよ」
「用もないのに呼べないだろ」
照れくさくて名前で呼べないのにそう連呼できるわけもないと虹輝は足を早めた。
「わ!」
「虹輝!?」
小さな石ころに足を取られ、浴衣のためか足さばきが悪くよろけたのを慈雨が慌てて支えてくれる。
「助かった、躓いた。っ……」
「虹輝?」
「……ごめん、草履が慣れてないから擦れたっぽい」
鼻緒部分の皮がむけて血が滲んでいる。痛いとは思っていたがここまでになるとは思っておらず、虹輝自身も驚くほどひどい有様だった。
「わ、痛そう。草履が少し小さかったのかな。こんなに我慢しないで早く言ってくれればよかったのに」
慈雨が慌てて虹輝の足元に跪くとそっと草履を脱がせて傷の具合を見る。
「いや、俺もこんなになってるって思わなくて……」
「もう少し歩ける? あそこのガードレールまで」
「うん」
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