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「……じゃあなんで怒ってるんだよ」
あの時虹輝は一緒に花火を見ようという誘いも断ろうとしたし、慈雨の癇に障ることなどなかったはずだ。
「ねぇ、なんで虹輝はその対象が自分のことだって思わないの?」
「は?」
「俺、虹輝のこと好きだっていつも言ってるよね?」
「……言ってるけど」
それがどうしたというのだ。その食べ物が好き、あの犬が好き、そんなレベルの好きは散々聞かされてきた。
「虹輝だって俺が虹輝のこと好きって言うの満更じゃなかっただろ?」
「っ……」
虹輝の前でしか言わない「好き」が心地よかったのは確かだ。だが、それは友人としての好きだから、必要以上に意識しないように心がけていた。
人の気も知らないで、と苛々してくる。
「好きだよ、俺は虹輝が好き」
「っ……そういうの、やめろ!」
慈雨の虹輝への好きはインプリンティングだ。卵から孵った雛が最初に見たものを親と認識するのと同じ、不安だった時に傘をさしかけた虹輝への好意を好きだと表現しているだけ。虹輝の好きとは意味が違う。
だからそんなに簡単に好きだと言って虹輝の心をかき乱さないでほしい。
「分かってないから言ってるんだよ! 俺は前から虹輝のことが好きだって何回も言ってる!」
「お前の好きは軽いんだよ!」
言われて舞い上がっていたくせにどの口がそれを言うのか。冷静な虹輝が見たらそう自分に言うだろう。だが、そんな余裕は今の虹輝にはなかった。
これ以上惑わせないでほしい。
その思いばかりが頭を占める。
慈雨は誰かから好きだと言われることを重荷に思っているくせ、友人の虹輝が離れていくのは怖いから好きだと言う。
慈雨は虹輝のいつかは消えるこの恋心を知ってリップサービスをしているのだ。
虹輝はその可能性に気づいて慄いた。
「なにそれ、……軽いってなに……」
愕然としたような慈雨の声。
自己防衛反応だったと言っていい。
慈雨が虹輝の言葉に傷ついた顔をしたことも気づかず、畳み掛けるように虹輝は言葉の刃を投げた。
「みんなに優しいこと言って人たらしのくせに」
「虹輝にしか言ってない! 俺の好きは全部虹輝に掛かってる!」
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