518人が本棚に入れています
本棚に追加
完全に疑心暗鬼になっていた。
自分の秘めた想いは絶対に受け入れて貰えない、慈雨の好きは自分の想いとは意味が違うと。
慈雨は意味分かんない、と呟いて虹輝の手首を掴んだ。ぐっと顔を近づけられ思わず後退する。とん、と背に当たるのは本殿の欄干だ。
その欄干に戒められるように押し付けられる。
「人のことそんな風に言うくせ、虹輝はどうなんだよ」
慈雨の声が震える。
「俺がなんだよ……」
「虹輝さぁ、ここぞと言うときばかり俺を慈雨って呼ぶ癖、あざといって気づいてる?」
「なっ」
「俺に言い聞かせる時とか、甘える時とか……無自覚なんだろうけど、ねぇ、そんなに俺を翻弄して楽しい?」
びくともしない戒められた腕、刺すような視線は虹輝の知っている慈雨ではない。
いつだって温厚な完璧王子のそんな一面にようやく自分が言ったひどい言葉の数々に気づく。虹輝は慈雨のスイッチを押してしまったのだ。
なんてことを言ったのだろうと混乱しながら今更素直になれず呟く。
「……そんなこと、した覚えない」
「じゃあやっぱり天性のものなんだろうね。人たらしは虹輝の方だよ。性質悪い」
目を眇めて虹輝を見る慈雨は自虐的な笑みを浮かべた。
「虹輝がちゃんと意識してそういう意味で俺のこと好きになってくれるの待とうって思ってたけど……待ってたらいつになるかわかんないよね」
「成宮っ……」
言い方は柔らかなのに底冷えするような声音と視線に竦む。
「好きだよ、虹輝。ちゃんと俺を意識して」
左目の下、泣きぼくろの位置にチュッと音を立ててキスをされ、虹輝はびくりと震えた。
「待っ……」
「待たない」
「ん、」
きっぱりと虹輝の言葉を拒絶して、慈雨は虹輝の唇を塞いだ。
あまりに突然のことで一瞬何をされたかもわからなかった。
「じ、」
慈雨、と名前を呼ぼうとして開いた口にぬるりと舌が入り込んでくるのにびくりと震える。
キスをされているのだとようやくわかった時には熱い舌先が虹輝の舌を捉えていた。
「ん、っン……!」
ぞくりと走る甘やかな感覚など体験したことはなかった。それが官能だと知る由もない。虹輝はいつの間にか戒めを解かれた掌で慈雨の胸元をぎゅっと握りしめた。麻の浴衣が皴になることも考えられず震える。
慈雨と、好きな男とキスをしている。
とろりと意識が溶けそうになったところで慈雨の手が虹輝の身体を這い、ハッと我に返る。
最初のコメントを投稿しよう!