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協力者
「……き、虹輝!」
名を呼ぶ声にハッとする。
「ごめん、なに?」
「それ、もういいんじゃない?」
母が虹輝の手元を覗き込んでいる。
「うわ!」
手元の鍋では昼食用のうどんがグツグツと煮えていた。
虹輝は慌てて火を止める。少し茹ですぎではあるが、食べられるギリギリのラインだ。母が声をかけてくれなかったら危なかった。
「助かった、ありがとう」
そう言って流しのざるに開けようとしてざるすら用意していなかったことに気づく。
「最近上の空なんじゃない?」
母はざるを出しながらさらりとそう言った。確かにここ一週間ほど有り得ないミスばかりしている虹輝としては言い訳のしようもない。
「……ごめん」
「謝らなくてもいいわよ。虹輝はいつだってしっかりしてて反抗期もないし子供らしいところ少ないから、ちょっと安心しちゃったくらいよ」
そんなことを言いながらも心配してくれていたことに気づく。
虹輝はうどんを水に晒しながら俯いた。
あの花火の後、痛む足を引きずりながら家へと帰った。幸いにも両親は店の後片付けに終われ、陽太はいない間に撮っておいたアニメに夢中だった。その隙に泣き腫らした顔を見られないよう風呂場に飛び込んだのだ。
頭からシャワーを浴び、腫れた目を誤魔化すようにタオルを頭からかけてそのまま部屋へと逃げたおかげでおそらく泣いたことは気づかれてはいないだろうが、何かあったというのは勘づかれていたようだ。
皆が寝静まった夜中、ビニール袋からバケツへ金魚を移した。その金魚を見たらまた涙が出そうにもなった。
あれから慈雨には会っていない。連絡もしづらくてもちろん慈雨の方からも来なかった。
『ばいばい』
慈雨の最後の言葉を思い出せば胃が竦み上がるような不安な気持ちが押し寄せてくる。
「もうすぐ夏休みも終わるけど、もう遊びに行かないの?」
「……特に予定はないよ」
虹輝の高校は二学期制のため夏休みが終わるのは8月の最終日ではなくもっと早い。
陽太の通う区立小も同じようなスケジュールだが、虹輝の学校よりも2、3日ほど始まるのは遅かった。
学校主催の講習も最後の一週間は入っておらず、短い夏休みの最後は手放しで遊べる期間だった。
「ここ最近杏奈ちゃんのお迎えもないし、慈雨くんも忙しいの?」
そんな言葉にぴくりと震える。
「……慈雨は塾の講習行くって言ってたから」
それも多分今週はないはずだが、そう濁せば母は納得したように頷く。
「そう、頑張ってるわねー」
母はあっさりとそう言ってうどんを皿に盛るとだし醤油をかける。虹輝はその上に甘辛に煮た牛肉と九条ネギを載せた。
父は母と交代のため、虹輝と母は向かいに座る。
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