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「んー、美味しい」
「それは良かった。陽太は始業式の前々日に帰ってくるんだっけ?」
「ええ、おじいちゃんと毎日海釣りを楽しんでるみたいよ」
母方の祖父母は早々にこの花屋を父母に引き継いで虹輝の曾祖母の面倒を見るために曾祖母の住んでいる横須賀で暮らしている。今は曾祖母も亡くなってしまったが、陽太はその祖父母のところへひとりで遊びに行っているのだ。
虹輝も小学生の頃は夏休みにしばらく滞在させて貰った。相変わらず元気でやっているようで何よりだ。
元々サラリーマンだった父は母に一目惚れをし、熱烈なアプローチの上、この花屋を継ぐことで結婚を許して貰ったらしい。
大学生の頃はミスコンにエントリーされるくらい綺麗だったんだというのが酒の入った時の父の話で、必ず母から今もでしょ!とお叱りを受けるのがワンセット。この歳になるまで仲がいいのは子供である虹輝にとっても喜ばしい。
母は早々に食べ終わると父と交代すべく店に向かった。その入れ替りで父が上がってきたので昼を用意してやる。片付けはしてくれると言うので虹輝は自分の部屋へと向かうべく廊下へと出た。
店の入り口に通じる引戸が開いて母が顔を出す。
「あ、虹輝。杏奈ちゃんが来たわよ」
「え? 陽太はいないって知ってるはずだよね?」
「虹輝に会いに来たみたいよ」
「え?」
驚いたところで母の後ろからひょいと杏奈が顔を出す。
「虹輝くん、来ちゃった」
にこにこと今日もかわいい。
虹輝は戸惑いながらも笑みを浮かべて母親と杏奈を見比べた。
「どうぞ」
虹輝は自室のドアを開けて杏奈を促した。
「わぁ、虹輝くんのお部屋綺麗だね。あ!金魚がいる」
杏奈はこの前慈雨が掬った金魚が泳ぐ金魚鉢の前に向かった。ノスタルジックな、ふちが波型の丸い金魚鉢には尾びれの長い白と赤の金魚が悠然と泳いでいる。黒の出目金はあの次の日、この金魚鉢を買ってくる前に死んでしまった。
「杏奈ちゃん、ここに座って」
暇だったこともあり掃除をしていて良かったと思いながら虹輝はビーズクッションを勧めた。
相手は8歳とは言えど女の子なので部屋のドアは半分ほど開けておく。冷房の効きは悪くなるが、こればかりは仕方がない。
杏奈は持っていたキャリーバッグを横に置いてそれを覗き込む。動物病院などにペットを持っていくそれだ。
「杏奈ちゃん、もしかして犬を飼ったの?」
ちらりと見える白いモフモフに我慢できずに聞けば杏奈は嬉しそうに頷くと格子になっているキャリーバッグのドアを開いた。
「今日はね、虹輝くんに見せてあげようと思って来たの。ソラ、おいで」
杏奈が声をかけるのに中で白いモフモフが動く。
「怖くないよ、大丈夫」
杏奈が手を入れるとその手をふんふんと嗅いでそろりと出てきた。
「うわ、かっわいい」
思わず漏れた声に杏奈が嬉しそうに笑う。
真っ白で綿あめのようにふわふわの毛並みの子犬だった。耳の中はピンクでまるでぬいぐるみのようだ。短い手足が太くて大型犬の子犬だということがわかる。
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