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「初めまして、ソラです」
杏奈がソラの両前足を持ってそう言うのに首を傾げるソラ。その仕草と杏奈の可愛さに悶えそうになりながらも虹輝は聞いた。
「飼い始めたばかりなの?」
「花火の次の日におうちに来たの。今日は予防接種打ってきたんだよ。その帰りなの」
「そうなんだ、ひとりで行ったの? 偉いなぁ」
「ううん、お兄ちゃんと一緒だったよ」
「っ……そうなんだ」
一緒に行ったのに慈雨はここには来なかった。
もう虹輝には会いたくないということか。やはり『ばいばい』の意味は虹輝に愛想をつかしたということなのか。
途端にざらりとしたもので心臓を撫でられたような気分に顔を歪めてしまったのかも知れない。杏奈は少し気遣わしげに虹輝に近づいた。
「えっとね、今日はお兄ちゃんには内緒でここに来たの」
「え?」
「めぐちゃん、あ、めぐちゃんは杏奈のおともだちで、その子の家にソラを見せに行くって言ってお兄ちゃんとは別れてここに来たの」
「どうしてそんなこと」
「ほんとはね、夏休みの終わりに陽太くんがおばあちゃんちから帰ってきてから見せようって思ってたんだけど、虹輝くんその頃忙しいから来れないかもってお兄ちゃんが言うから……」
杏奈はソラを抱きかかえたまましゅんと項垂れる。
慈雨がこの前言っていたサプライズというのはこのことだったのだと気づいた。
確かに陽太たちの夏休み最後の日、虹輝は慈雨たちの家へ行くと約束したのに。あの日からお互いが気まずくてきっと虹輝は会いに来ないと考えたのかもしれない。
「……わざわざありがとう」
元気がなくなった杏奈の頭を撫でる。杏奈はパッと顔を上げた。
「ううん、迷惑かけてたらごめんなさい」
「そんなことないよ、こんなかわいいソラを見せてもらえて本当に嬉しい」
「本当? よかった! 杏奈ね、ずっと大きな犬が欲しかったんだ。パパとお兄ちゃんとペットショップ行った時に皆可愛くてどの子にしようか悩んでたらお兄ちゃんが虹輝くんが白い大きな犬がいいって言ってたって言うからソラにしたの。だから早く見せたかったんだ」
「慈雨がそんなこと……?」
「うん!」
「それでよかったの? もっと色んな子がいただろ?」
「ううん、杏奈もソラに一目惚れしたんだよ、それに虹輝くんも嬉しいなら杏奈も嬉しいし、お兄ちゃんも虹輝くんが大好きだから皆ハッピーだよ」
にこにこと言う杏奈の言葉が刺さった。
慈雨は本当に虹輝のことを好きでいてくれるのだとようやくわかった。
今更であるし、どうしてあんなにかたくなにそんなわけないと思っていたのかとも思う。
いや、あれだけもててよりどりみどりの慈雨がたいして特出することもない男である虹輝を好きだなんて、考えられるわけないじゃないか、と虹輝は一人心の中で言い訳をした。
「虹輝くん、お兄ちゃんと喧嘩した?」
物思いに耽っていたら杏奈がそんなことを聞く。伺うような杏奈の視線にドキリとする。
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