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「お兄ちゃん、ずっとぼんやりしてて元気ないんだ。そんなだからおじいちゃんもお兄ちゃんにうるさく色々言ってて……」
「……心配かけちゃったんだね、ごめん」
虹輝は力なく笑って謝る。
「ううん、虹輝くんは悪くないんだと思う」
「杏奈ちゃん?」
「お兄ちゃん、いつも考えすぎなところあるからきっとそれなんだと思う」
杏奈の言葉に虹輝は目を丸くする。まだ小学三年生になったばかりの女の子なのにそんな風に見ていたのかと驚くばかりだ。
慈雨が周りの雰囲気を悪くしないように自分を殺して人一倍努力し、その上祖父へ反抗しない姿を杏奈はちゃんと見ていたのだ。その事実に胸が震える。
だからこそ、慈雨の『ばいばい』の意味が分かった気がした。
慈雨はおそらく身を引いたのだ。
虹輝が慈雨の気持ちを理解しなかったこと、キスを拒んだこと、それらを総合して虹輝にその気はないと判断し、虹輝の気持ちを第一に考えてそう言った。
もちろん会うのが気まずいこともあるだろうが、もう次に会う時は友達に戻れるよう、自分の気持ちを忘れる時間が欲しいと考えて虹輝には会いに来ないのではないか。
きっと慈雨は虹輝に呆れたのではない、虹輝の気持ちを尊重した。
自分の気持ちを押し殺すような優しいそういう男だったではないか。
そんな慈雨を泣かせた。虹輝の大好きなあの綺麗な瞳を曇らせた。
自業自得とはこのことだ。そして思い知らされる。
(ああ、やっぱり慈雨が好きだなぁ……)
いつかは消える想いとはなんだ。それまで側にいられるだけでいい、そんなままごとみたいな恋愛があるわけない。この想いはこんなことになった今ですら大きくなっている。
もう遅いかもしれない。
慈雨はすでに虹輝への想いを捨ててしまったかもしれない。
でも、それでも、やはりこの想いはなかったことになんてできない。
虹輝は一つ息を吐いた。
そんな虹輝の投げ出した指先にソラが鼻を近づける。杏奈の指にやったようにふんふんと匂いを嗅いでそれからソラは虹輝の指を舐めた。
「!」
虹輝の落ち込んだ気持ちを悟ってまるで慰めてくれるようだ。
「すごい! ソラ、虹輝くんのこと気に入ったんだね!」
「……そうだと嬉しいなぁ」
虹輝はふふと笑ってソラを抱き上げる。その柔らかい毛並みに頬を寄せればおひさまの匂いがした。そのぬくもりに決心を固める。
「杏奈ちゃん」
「うん?」
「……やっぱり今回のことは俺が悪いんだと思う」
「……虹輝くん」
「だから……協力してくれる?」
「え?」
「慈雨と仲直りしたい」
ソラを抱きしめながら言う虹輝にぱあっと杏奈の顔が輝いた。
「うん!」
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