天泣

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天泣

「虹輝くん、杏奈の秘密、聞いてくれる?」 太陽は少しばかりなりを潜め肌を焦がすほどのぎらつきはない。だが、夕刻になったというのにアスファルトには昼間の熱が籠っていて残暑の熱さが纏わりつく。煩いくらいに鳴くセミたちも残りの夏を惜しむように盛況だ。 「杏奈ちゃんの秘密、俺が聞いちゃっていいの?」 神社への道を歩きながら杏奈が放った言葉にそう聞く。杏奈はそんな虹輝を見上げてこくりと頷いた。 「うん、虹輝くんなら内緒にしてくれるって思うから」 「約束するよ」 小指を差し出せば杏奈は小さな指を絡めてきた。ソラが虹輝の持っているキャリーバッグの中で同意するようにくうんと鳴く。それに顔を見合わせて笑ってドアからのぞき込めば小さなしっぽを振っているようだった。 この暑さの中、まだ幼いソラのために保冷剤をタオルにくるんでバッグの中に入れてやったがどうやらそれが気持ちいいらしい。枕にするように顎を載せているさまは可愛らしくて虹輝は微笑んだ。 そんな虹輝を見つめて杏奈はうつむいた。 「あのね、杏奈はおじいちゃんのことあんまり好きじゃない」 「……そうなんだ」 どんな可愛らしい秘密なのだろうと思っていたのだが、本当の秘密の話だった。 「いっつも顰め面でちょっと怖いし、お兄ちゃんや杏奈が頑張っても絶対褒めてくれないの」 「そっか……」 「杏奈にはまだそんなに言わないけど、お兄ちゃんには会うたびに成宮の恥になることはするな、舐められないように堂々としていろ、今以上に努力しろって、そのたびお兄ちゃんははいって言うけど、お兄ちゃんいつか疲れちゃうんじゃないかって思っちゃうんだ」 「杏奈ちゃん……」 幼いとはいえ聡い子だ。そう言った機微には気づくのだろう。 「杏奈はお兄ちゃんがいつだってかっこよくて勉強もできて、誰に対しても親切だって知ってるよ。お兄ちゃんは誰よりもすごいんだよ」 「うん、俺も知ってる」 虹輝がそう言えば杏奈はパッと顔を輝かす。 「虹輝くんがお兄ちゃんのことちゃんと知っててくれてよかった。虹輝くん、お兄ちゃんの友達になってくれてありがとう」 杏奈がつかさと同じようなことを言うのに虹輝は笑みを溢す。 「こっちこそ、ありがとうなんだよ」 そんなすごいのに虹輝を好きだと言ってくれる慈雨に真剣に謝りたかった。
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