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「それ、必要?」
「え……」
「この前勝手にキスしたのに今更だろ。弁当の時もそう。答えも聞かずに食べてから保険みたいに後から聞くのやめろ」
「ごめん、そうだね」
慈雨があからさまに悄気るのにまたはっきり言いすぎたと気づく。
こんな時に言うことではないのに余計なことを言った。
だが、人よりも優秀で努力だってできる男なのにどうしてこんなに自制するのか。己の主張を引き下げてまでも相手に譲るのに慣れすぎだ。
虹輝も兄という立場から陽太に譲るのは常となっている。慈雨も杏奈がいるので同じようなものだろう。成宮家に入るまでは慈雨も虹輝と変わらなかったはずだ。
だが、今はそれ以上のものを背負わされ、強要されている。
誰だって自分の存在を否定されるのは辛い。努力を認めて貰えないのは辛い。自分の母親を否定されることも辛い。
自ら譲ったのだと思えば少しは心が軽くなるからだろうか。
すべての元凶は慈雨の祖父のせいだと今更ながらに腸が煮えくり返る。
(ほんとに……何してくれてんだ)
虹輝の密かな怒りに気づいたのかもしれない。触れていた慈雨の指が離れるのを感じて咄嗟にその手を掴む。
「お前のこと怒ってるわけじゃない。ごめん、言いすぎた。俺に対してそういうのいらないって意味だから。断りなんていらないんだ」
そう言って慈雨の手に手を重ねる。頬に触れた温かい掌に思わず頬を寄せればその掌が虹輝の頬を撫でて本当にいいのかとその表情が伺う。
(ああ、でもこういうところも好きなところのひとつなんだ)
自分よりも人を優先できる強さを持ってる。慈雨が慈雨であるならば。それだけで好ましいのだから全部まるごと好きでいればいい。慈雨が虹輝のことをそう思っていてくれるように。
虹輝はまっすぐに慈雨を見つめ、口を開く。
「……好きだよ。俺も慈雨が好きだ」
「っ……本当に?」
「うん、こんなことで遠慮するわけないだろ。もっと早く伝えられなくてごめん」
ようやく伝えられた思いに安堵し、そうして分かりやすい好意を、と自らその唇を重ねた。
すぐさま離す唇を追うように、今度は慈雨からもう一度。
またすぐに触れそうな距離で見つめるグレーがかった瞳はどこか濡れて優しい色に染まっていた。
重ねた掌はいつの間にか指を絡めて繋いでいた。
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