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「はぁっ……」
息を吸い込みながら助かったと涙目で虹輝も空を見上げる。
そこには雲一つなく夜へと向かう絶妙な美しい色の空が広がっていた。
「……天気雨」
「天泣って言うんだよ」
天が泣くって書いてね、と言いながらまだ息の整わない虹輝の目元にキスを寄こす。
「ごめん、嬉しくてがっつきすぎた」
慈雨が申し訳なさそうに笑って虹輝の唇の端を親指で撫でる。溢れた唾液を拭われたのだと気づいて虹輝は真っ赤に染まった。慌てて手の甲でごしごしと擦れば慈雨がその手を掴む。
「ダメだよ、肌が傷つく。ああ、ほら赤くなった」
「別に、このくらい」
「俺が嫌なの」
そう言っている間にも雨はやんでしまった。あとはそのまま夜へと向かって濃い夕闇に包まれていくだけ。
「本当はもっとくっついていたいけど、あまり遅くなると虹輝のお母さんも杏奈も心配するだろうから……帰ろうか」
「……うん」
虹輝も名残惜しいながらもホッとすれば慈雨が手を差し出す。
「送るよ」
「え、女の子じゃないし大丈夫だって」
ここから慈雨の家は近いのでわざわざ送ってもらうのは悪いと思っての言葉だった。
だが、慈雨は微妙な顔になる。
「……俺たち付き合い始めたよね?」
「え……あ、うん」
突然の慈雨の言葉に赤くなって頷く。そういうことになるのかと途端に意識してしまう。
「だったらそこは頷くとこだから。……俺がもっと虹輝といたいんだよ」
「っ……」
恋愛初心者の虹輝の手を掴むとするりと絡められる。
「慈雨っ……」
「神社出るまで、ね?」
小さく首を傾げる慈雨があざとい。絶対わかっていてやってるのだと思いながらも虹輝は黙ったまま頷いた。繋いだ手から鼓動の乱れが伝わってなければいいと考えればさらにドキドキしてしまう。
神社を出たところで自然に離され、虹輝はホッと胸を撫でおろした。
茜色と夜空をミックスしたような空は少しずつ闇色を深めていく。遠く、燦然と輝く三日月が見え、虹輝は慈雨に問いかけた。
「さっきの天泣ってやつ、雲はないのにどういう原理なんだろうな」
「あれはね、雲は見えないけど少し前にそこにあった消滅した雲から落ちてくる雨のことなんだ。虹輝の言った天気雨でもいいんだけど……天泣って言ったほうが綺麗だろ」
雨の言い方って色々あるんだよね、と楽しそうに言う慈雨を見上げる。
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