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せっかく油を出したのだからと夕飯は揚げ物に決めると冷蔵庫から鶏肉を取り出した。
一口大に切った鶏肉を酒、生姜、にんにくと摺り下ろした玉ねぎに浸けて揉み込む。一番最初にこうすることで鶏肉が柔らかくジューシーに仕上がるのだ。
適温になった油へ型どったドーナッツの生地を入れながら、唐揚げの方へ少し塩を入れ下拵えをしていく。
じゅわっと音がしていい匂いがキッチンに満ちた頃、我慢できなくなったのか陽太と杏奈が顔を出した。
「いい匂い! やった! ドーナッツだ」
「あまぁい匂いだね」
「ちょうどできたところだ。陽太、テーブル拭いて」
濡らした布巾を投げる。
「杏奈も手伝う」
「じゃあ、これ持ってってくれる?」
「うん!」
小さな二人を見送り、油の処理をしてから居間に入れば虹輝を待っていたのかわくわくした顔でふたりが見上げた。
「召し上がれ」
可愛くて笑顔になれば、ふたりは一目散にドーナッツに手を伸ばした。
「おいしい! 陽太くんのお兄ちゃん、こんなにおいしいの作れるなんてすごいね」
杏奈は感嘆の声を上げる。
「ありがとう」
美少女に絶賛されてほんの少し照れながらも虹輝は礼を言った。陽太は自分のことのように胸を張った。
「兄ちゃんは何でもできるんだ。杏奈、今日ご飯食べてけよ、それも兄ちゃんが作るんだ」
「こら、勝手に決めるなよ? 杏奈ちゃんにだって都合があるだろ?」
「杏奈、お兄ちゃんのご飯食べたい」
なぜ他人の夕飯の用意まで、と思ったものの、杏奈の大きな瞳がキラキラとして虹輝を見上げる。完敗だ。
「うーん、うちはいいけど……ご両親に聞いてみないとだな」
「杏奈、ママいないの。パパはお仕事遅いし、お兄ちゃんに電話して聞いてみていい?」
「え……、うん、いいけど」
キッズケータイを出した杏奈に虹輝は頷いた。
そうして母親に伝えた方がいいだろうと立ち上がる。店へと行ってそれを伝えれば母親はあっさりと頷いた。
どうせ夕飯を作るのは虹輝なのだ。配達に行っている父親もすぐに帰ってくるだろう。
虹輝はキッチンへと戻った。
「兄ちゃん、宿題終わったし、おやつも食べたし手伝おうか?」
陽太がそう声をかけてくれる。
「いいよ、遊んでなよ」
「杏奈もお手伝いしたい。……でもお兄ちゃん、ご迷惑かけるからお迎えに来るって」
ひょいと杏奈も顔を出すものの残念そうな顔になった。電話を終えたらしい。
それに陽太も残念そうな顔になる。虹輝はエプロンのひもを締め直した。
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