6人が本棚に入れています
本棚に追加
「ね、学校へ行かない?」
頃合いを見計らったように、けれども唐突に、彼女――吉岡さんは言った。
僕は吉岡さんをよく知っていた。彼女は僕のクラスの学級委員長だ。クラスをまとめ上げ、充実した学校生活を送らせようと奮闘する、それはそれは素敵な心がけをお持ちの人だ。
「行かないよ」僕は間髪入れずに答えた。「第一、行けないだろ」
未曽有の感染症によって、僕らの学校生活はないようなものだった。友人たちとの交流も、全てを捧げるはずだった行事も、なんにもなくなった。画面の向こうで繰り広げられる授業さえ、なんの意味もないように思えた。
「もう良いんだよ」
ところが吉岡さんは、そんならしからぬことを言った。
「だからって、こんな窮屈なところで過ごすのは、違うんじゃない?」
と彼女は笑った。普段教室で見せるものとは違う、悪戯っぽい微笑みだった。
「……嫌だよ、うつったら、怖いもん」
僕が弱気に呟くと、彼女はその顔を、まるで子供をあやすような表情に変えた。そして、僕の手を強く引いた。
「大丈夫だよ! もう誰もいないから!」
「え?」
「今から行けばいいじゃん!」
言われるがまま、手を引かれるがまま、気が付くと僕は、夜の帳の降り始めた町を、彼女と駆けていた。
最初のコメントを投稿しよう!