今起きたセミだけど夏終わるっぽい

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やってしまった。 そう悟った時にはもう遅かった。 いくらミンミン鳴こうとも、涼しげな風に虚しく流されてゆくだけ。 夏はすでに終わろうとしている。 セミである私にとって、致命的な寝過ごしだ。 長らく土の中で生きてきた。 子孫繁栄のため最期の1週間は成虫となり外でメスと交尾する必要がある。 大体このあたりか、というところで外に這い出た。 若干のんびりしてしまったかな。その程度の自覚はあったが、まさかすべてが終わった後とは。 メスどころか一匹の仲間も見当たらない。 溜めに溜めたものを抱えたまま残りの時を過ごせと言うのか。 冗談じゃない。このまま終わって成るものか。 私は木から飛び立ち、相手を探し始めた。 同種が不在なら仕方ない。異種間交流といこうじゃないか。 飛びながら物色していると、木に鈍く光るものが見えた。 カナブンだ。私と同じように夏に乗り遅れたのか。 近づくとメスの香りが漂ってきた。しめた。 羽を大きく動かして背後から迫る。 お高くとまってるようだが、これより私と・・ もう少し、というところで大きな黒い影が目の前を遮った。 慌てて軌道を変える。振り返ると、カラスがカナブンを咥えている。 遠ざかりざまにギロリと睨まれた。 これはいけない。悠長に飛んでたら格好の的だ。 夏の真っ盛りならまだ集団に紛れることもできるが、ポツンと一匹だけ飛んでたら目立って仕方ない。 私は藪の中に避難した。 影に潜みながら考える。 頭を切り替えよう。異種間交流で良いと決意したのなら、固定観念を払拭すべきだ。 木に集う者である必要はない。地に住まう者でも構わないのではないか。 息を静めてメスの香りを探す。 危機を前にして生存本能が増したのだろうか。 先ほどより感度が高まっている。側にいるな。 藪の中の小枝を小刻みに飛びながら、その気配を辿った。 ちょうど藪を出たところにメスのコオロギが居た。 ふむ。サイズとしては若干不相応だが、まぁ良いだろう。 お嬢さん、私と新たな種の可能性を・・ またもや大きな影が目の前を横切った。 バシンと大きな音を立てて、コオロギが軽々しく弾き飛ばされる。 猫だ。戯れに虫を狩ったようだ。 はたと目が合う。身体をうねらせて、次なる獲物を狙っているようだ。 私は身がすくみそうになるのグッとこらえ、必死に羽をバタつかせて飛んだ。 バリバリと羽と葉がこすれ合う。音に驚いたのか、猫は一瞬身をたじろかせた。 そのスキに上空へと逃げ込む。 下を見ると、猫はなお私を狙うように視線を外していなかった。 もっと遠くへ逃げねば。しかしいつまでも飛んでるわけにはいかない。 いずれカラスに見つかってしまうだろう。 ではどこへ。空もダメ、地もダメ。 水中?そんなもの私も死んでしまう。ダメだ。逃げ場がない。 焦りを感じる。なんとかならないのか。私は何も為せずに死んでしまうのか。 子孫も残せず、異種間交流さえも叶わぬまま終わるのか。 集中しろ。何か見出せるはずだ。生存本能よ。私に道を示してくれ。 その時だった。 ミーン・・ミーン・・ 遠くから、我が眷属の鳴き声が聞こえた。 仲間がいたのか。よし、行こう。 鳴くのはオスだがこの際どうでもいいだろう。 交流が果たせればいいのだ。 カラスに見つからぬよう、時折影に身を寄せながら慎重に飛んだ。 随分と時間がかかってしまった。体もだいぶ疲労してきた。 だがあと少しだ。あと一歩で想いを遂げることができる。 ミーン、ミーン。ミーン、ミーン。 はっきりと聞こえる。壁に囲まれた住宅の敷地内だ。 庭の中央あたりにいる。私のお相手が。 心を躍らせながら壁を越えた。 「み"ぃぃぃん!!み"い"ぃぃぃぃん!!!」 そこに居たのは人間だった。 裸体に包帯のようなものを巻き付け、手には白い板で羽を模した小道具を身に着けていた。 口元は大きな針を咥えながら器用に鳴いている。 私は呆気にとられ、思考停止したまま側の木に止まった。 私の姿を確認すると、男は口の針をボトンと落として叫んだ。 「あああ!セミを愛して30年、セミになること20年。ついに夢がかなった!!」 身体に巻いた包帯はセミの腹を真似たものだろうか。 ハラハラと解きながら私に迫る。 「さぁ、異種間交流しようっ!」 伸ばされた手を振り払うように、私はその場を急ぎ離れようとした。 だがうまく飛べない。いったん逃れることができたが、上空に飛ぶには至らない。 羽に力が入らない。ここまで来るのに力を使い過ぎた。 「大丈夫!怖くないよ!」 男はなおも私を捕えようと手を出してくる。 私は懸命に回避したが、男も身をよじらせて捕まえてこようとする。 そのたびに包帯が落ち、肌身が露わになっていく。 そんな鬼ごっこも長くは続かなかった。 程なく力尽き、私は男の両手にガッシリと身を捕らわれた。 どうやらここまでのようだ。 時期外れに目覚めたセミの末路、かくあるべしということか。 私は地に眠る同胞たちに向かって祈った。 夏が終わるまでに起きろ。さもなくば、異種間交流だ。 男は肩で息をしながら私の身体を眺めていたが、ふと顔を上げて家の窓に目線をやった。 そこに映った自分の姿を見て、何やら恥じらうようにして言った。 「やだっ。セミヌード♡」 知るか。 (おわり)
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