向かうは

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向かうは

 オレは息が苦しくなるのも構わず、がむしゃらに前へと走る。 「ハア、ハァ……」  デタラメに走るものだから、喉が焼けるように痛く、脇腹もだんだんと痛くなってきた。 「ハッ……ハッ」  それでも、オレは立ち止まりたくないので、ひたすら前へ前へと走る。  けれど、オレのそんな懸命な思いも(むな)しく、ついに限界がきて前へと倒れるように膝をついてしまう。 「ハァ……ハァ……。クソッ!」  無性に苛立ちが込み上げてきて、つい抑えきれない怒りが言葉となって出てしまう。  何とか苛立ちを抑えようと、Tシャツの胸元をグッと掴む。  荒い息を落ち着けようと、意識してゆっくりと呼吸するが、なかなか息が整わない。  何とか呼吸が落ち着く頃には苛立ちも収まったが、今度は泣きたい気持ちになってしまった。  オレは来た道を振り返る。そこには何もない。ただ静かな住宅街の風景が目に映るだけだ。  そう、不審者も鬼も幽霊もいない。  なのにオレは必死に走った。どうしてもあの場所に居たくなかったから。逃げ出したかったから。  不審者も鬼も幽霊もいないのに、何から逃げ出したかって?  母親からだよ……。  母さんのことを考えたら、涙が込み上げてきてしまった。 「クソッ!」  涙を着ていたパーカーの袖で乱暴に拭うと、オレは立ち上がった。  母さんのいる家には戻りたくないが、いつまでもここに居るわけにはいかない。  春になって暖かくなってきたとはいえ、暗くなるとまだ肌寒いからだ。  家を飛び出しのは十六時過ぎぐらいだったと思うから、今は十六時三十分頃かな?  勢いのままに家を飛び出してきてしまったから、何も持ってきていない。そのため時間がわからない。  オレは空を見上げた。オレの今の気持ちを表すような曇り空が広がっている。  ……どうしよう?  そのまま少しの間、空を見上げながらボーーッとしていると、見たことのある建物が目に入った。 「あれは、父さんの……」  遠く、建物と建物の間に微かに見えるあのビルは、父が働く会社だ。  一度だけ、母と一緒に父が忘れたお弁当を届けに行ったことがあるから間違いない。  そこでオレはひらめいた。 「そうだ! 父さんのところへ行こう!」  そろそろ父の仕事も終わるはずだ。今から急いで向かえば、父が会社を出るまでに間に合うに違いない。  「父さんなら、きっとオレの話を聞いてくれる」  家には帰らなければ行けないが、一人では帰りたくないし、ちょうどいい。  帰る道すがら、オレの話を聞いてもらおう。  そう考えると、少しだけ心のモヤモヤがマシになった気がする。  そうと決まれば急がなければ。オレは父の会社が見える方向へ歩き始めた。
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