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「ええ。それは本当です。この村では往々にしてそのような者が現れるのです。そうして智慧を失う代わりに長寿を得た者を我々は〝真人〟と呼んでいます。彼らは知恵の樹の実を食べて楽園を追放された我々とは違う、本来あるべきもう一つの人間の姿なのです」
すると羽田宮司は思いの他に、俄には信じられないその事実をあっさりと肯定してくれる。
「真人……道家における理想的な人間ですね……もう一つの姿というのは、つまり、知恵の樹の実ではなく、生命の樹の実を食べた人間だとおっしゃりたいのですか?」
その言葉から「創世記」の記述を思い出し、太野は再び羽田宮司に質問する。
『旧約聖書』の「創世記」において、エデンの園の中央には〝生命の樹〟と〝知恵の樹〟という二本の樹が生えており、人間は邪悪な蛇に誑かされて知恵の樹の実を食べたことから、神同様の知恵を得るとともに死ぬことを運命づけられ、その楽園から永久に追放されてしまったのだという……いわゆる「失楽園」のエピソードだ。
だが、もし人間が知恵の樹ではなく、生命の樹の実を選んで食べたのだとしたら……そのあり得たかもしれないもう一つの可能性を、宮司は言っているのでないかと太野は考えたのだ。
「さあ、そこまでは。先程も申しました通り、この村では古くからそう伝わっているというだけですので……ただ、真人は天寿を全うした後、〝原磯〟という極楽浄土へ行けるとされています。原磯とは人間がもともと暮らしていた〝原初の磯〟。だから呆けているように見えても、真人は村人達から尊敬の眼差しで見られているのです」
しかし、本心なのか? それとも惚けているのか? 宮司はまたはぐらかすかのようにして、今は隠れキリシタンであることを暗に否定しながらそう答える。
「はらいそ? そういえば、あの青年もそんなことを……あの、さっきそこで呆けた若者を見かけたのですが、もしかして彼もその真人なのでは…」
宮司の言葉からそのことを思い出し、太野が尋ねようとしたその時。
「……ん? ああ! 彼です! その呆けているという若者は!」
ちょうどそんなところへ、先程の青年が少女に引っ張られるようにして境内へと入って来た。
「ああ、あれは私の息子の安富と娘の恵麻ですよ」
ところが、二人を指差して太野が声をあげると、そちらを振り返った羽田宮司は自らの子供であると彼らを太野に紹介する。
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