タローとジローの終末クッキング

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「ただいまー」  二重扉を開けて中に入ると、暖かい空気が体を包み込みんだ。ここは古き良き時代の趣きを残した二階建ての一軒家で、長いお昼寝から目覚めた後、導かれるように見つけたおれたちの聖域だ。  個人宅の割に、地下には「宗谷」と名付けられたマザーコンピュータが設置されてあって、日々のおれたちの生活を支えてくれている。  おれたちが訪れた時、持ち主はとうに居なかった。ひょっとしたら、外で凍りついている誰かの中に居るのかも知れないが、探したことはない。  今日の戦利品を台所に置いたおれたちは、防護服を脱いで部屋着に着替えた。目覚めた時から着ていたダサいグレーのスウェットだが、スタイルのいいジローさんが着るとお洒落に見えるから不思議だ。 「何作る?」  本棚からレシピを取り出して話し合った結果、今日の昼食はおにぎりと豚汁に決まった。米は買い出し前に炊いてあったから、あとは豚汁を作るだけだ。  そうと決めたら行動は早い。ごま油を鍋に引き、手分けして切り出した野菜を投入する。もちろん、手に入れたばかりのジャガイモもだ。  じゅわわわ、という音と共にいい匂いが漂い、早くも口内に涎が溢れ出す。  野菜を炒め終わったら、次は肉だ。前回の買い出しで手に入れた貴重な豚肉を惜しげもなく投入する。さぞかしいい油が出ることだろう。  後は煮込んで味噌を溶かし入れるだけだけなので、その間におにぎりを用意する。手のひらの大きさの差なのか、おれの握ったおにぎりはやたらデカくて、ジローさんのは何故か少し尖っている。 「よしっ、食べよう! お腹減ったー」  出来上がった料理をこたつの上に広げて、テレビ型の端末をつける。持ち主の好みなのか、南極を舞台にした映画がいくつか保存されていて、おれとジローさんの名前もその中からとった。  しかし、映画の犬たちには迎えが来たが、おれたちには誰も来ない。食事中にしんみりするのも嫌なので、悩んだ末、青い狸みたいなロボットが登場するアニメを選んだ。  滅びる前の人間たちも、こうして食卓を囲みながらアニメを見たりしたのだろうか。ふっとそんな疑問が脳裏によぎったが、口には出さなかった。その答えがわかる日は二度と来ないだろうから。 「じゃあ、いただきます」  手を合わせ、二人同時に豚汁を口に含んだ。野菜の出汁と豚肉の油が渾然一体の旨味となって喉を滑り落ちていき、体がじんわりと温まっていく。  美味しい。文句なしに美味しい。  口内の味噌の味が消えないうちに、おにぎりにかぶりつく。具はおれとジローさんが好きなおかかと昆布だ。  適度な塩味が、疲れた体に染み渡る。おにぎりを飲み込んだ後は、また豚汁に戻る。おにぎり、豚汁、おにぎり、豚汁のコンボが止まらない。 「タローさん、メガネ」  向かいのジローさんがおれを指差して可笑しそうに笑った。湯気でメガネが曇り、目の前が真っ白になっているのが自分でもわかる。  別にそのままでもいいかと思ったが、視界がぼやけると味もぼやけるような気がして、大人しくスウェットの裾で拭った。食事には全力投球するのがおれたちのモットーだから。 「次はお汁粉とか食べたいねぇ。小豆とおもち、たーっぷり入れてさ」 「いいな、それ」  豚汁を食べている途中なのに、腹が空きそうになる。買い出しは大変だけど、美味しいものが食べれると思えば頑張れる。  食べることは、生きることだ。外は永遠の冬に閉ざされ、人類に未来は来ないけれど、おれたちはまだ生きている。 「おかわり!」 「はいはい、ジローさんよく食うね」  差し出されたお椀を手に、台所に向かう。おれたちが丹精込めて作った豚汁からは、まだほかほかと湯気があがっていた。
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