散歩という名のファンタジー

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 そう初回は学校敷地内の案内を頼まれた時だ。司朗は先生達から優等生として見られていたから頼まれごとが多かった。たまに面倒ではあったが良いことの方が多いから引き受ける感じで、その日も転校してきた彬の騒がしさには辟易(へきえき)しながら案内をすることにした。  「学校内散歩だな! 楽しみだ!」  いや、学校敷地内なんてせいぜい中庭、グラウンド、裏の畑、非常口の出口説明くらいで何ら楽しいものなんてない。何でも楽しむ気質なんだろうと黙々と歩いていた。ところが、  「すっげー、でっかいキノコ!」  「……へ?」  大きな声にうつむき加減だった視線を上げて司朗は呆然(ぼうぜん)とした。人が座れそうなくらい大きな、傘の色が水色のキノコがどんっとそびえていた。  「すごい面白いものがある学校だなー」  いやいやいやいや、ないから。3年通っている司朗も1度だって見たことがない。慌てて周囲を見れば傘の色は様々ながら大きなキノコがあちらこちらにそびえていて遠くに学校の影がうっすらと。  一体何が起こっているのかと硬直する司朗の目の前で彬はキノコによいしょっと座って楽しそうに足をぶらぶらさせた。なんでこいつ驚かないんだ⁉ と少しでも動揺を鎮めようと眼鏡を拭いてかけ直す。目の前のキノコは相変わらず。  「あれ、鳥かな?」  「え?」  つられて上を向いて血の気を引かせた。まだ離れているのにはっきりとシルエットは巨大な蝶だと伝えていた。それが降りてきている。  「逃げるよ!」  とっさに彬の手をつかんでキノコから引きずりおろすようにして駆けだした。どこをどう逃げたか覚えていないけれど気が付いたら学校を1周して玄関に戻っていた。ぜえはあと肩で息をしているとしゃがんだ彬が目を合わせてきた。  「ありがとな」  「?」  「だって、危ないって思ったから連れて逃げてくれたんだろ」  そんなんじゃない。ただ必死だっただけだ。でも、とっさの行動が少し誇らしいと思えた。それから信頼できる友人認定された司朗はたびたび彼の散歩に巻き込まれるようになった。限度を超えて怪我をしたことも、喧嘩をしたこともある。それでも意外なことに縁を切ろうとは思わなかった。ほだされたとも、利用できると思ったともいう。  彬の散歩に付き合えるやつは今までいなかったということ、考えようによっては高いお金をかけずにとんでもない体験ができるということ、何かを作ることが好きな司朗のアイディアの宝庫になること。備えと心構えさえ(おこた)らなければ最上の体験ができる。
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