散歩という名のファンタジー

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 (はる)か下の方でぼいん! と大きな音がした。彬の無事を信じることにして司朗はクモの糸の粘着を解除する試薬を慎重に使いながら落下しないように崖下を目指す。  「むー、むー、むーっ」  崖下が見えてきた。彬は無事なようだ。ただし、膨張したスライムにみっちりはまり込んで窒息しそうな様子。気持ち急いで地面に足を付けるとポケットから大きな針を出してスライムに突き刺す。ぶしゅっと音を立てて形が崩れ、彬も地面に落ちた。  「なるほど、見ずに使うには危険。落下の速度によっては窒息の危険在り。修正が必要だな。蜘蛛の糸も設置型の方が使い勝手が良いかもしれない」  咳き込む彬の背をさすりながら検証結果をスマートフォンに打ち込む。ふと気が付くと涙目の彬が司朗を見ていた。  「なんだ?」  「もう少し心配してもいいんじゃないか?」  「僕は細心の注意を払って研究しているし、彬は今までの経験で危険回避が人より強いし、本当にヤバければちゃんと心配するが」  「……打たれ強いって、絶対シローの方だよな」  司朗はニヤッと笑うに留める。彬と付き合って鍛えられない者がいるものか。確かに負けずに自分の利益や経験に転用する貪欲さは他にいないかもしれないが。一応周辺確認をしてノタノタと歩き出す彬に並ぶ。崖下の道は一本道、選びようがない。  見上げれば風に舞う砂モドキの影が見えた。崖下まで落ちずに飛んでいくらしい。道理でまたがらりと印象が変わるはずだ。BB弾ほどの白い軽石めいたものをカシャカシャと踏んで歩く。今のところ生き物の気配はない。  彬は自分の顔程の岩があっさり持ち上げられることに気付いて遊びながら歩いている。司朗は採取しながら歩く。持ち帰って調べられるものも、調べられないものもある。結果はどうあれ検証するのが司朗は好きだ。  「ポストだ」  今はあまり見ない円筒形のポストだ。回収口はどんなものかと彬がポストを見ながら一巡り。司朗は遠目に観察する。頭頂部に引っかき傷が三方向。まるで大きな鳥が鷲掴(わしづか)みにしたような。……嫌な予感しかしないな。  「赤いものだがまだ道は1本だ。ポストから距離を取って歩いてみるか」  「賛成―」  司朗の危機感に気付いた様子もなく彬は素直にポストから距離をとって歩き出す。がくんと彬がつんのめった。同じ色でわかりづらいが段差があった。ととっと進んで目の前に今度は見慣れたポスト。小さな郵便局は大学から20分ほどの距離にある。  「この郵便局、前にも来たことがあるかも」  「ああ、使いを忘れた彬のフォローに連れて来たな」  「覚え方!」  「仕方がないだろう。あれが僕の初めての来局でもあったんだ。今日は郵便局に用事はないのか?」  「ないよ! っていうか、閉まってるじゃん」  「17時過ぎか……晩ご飯をどうするかな」  「うちで食べなよ! 母さん、唐揚げ祭りって言ってたから。で、泊って、朝の散歩をしよう!」  「(なぎさ)さんのご飯はうまい。招待に応じよう」  ひとり暮らしで自炊もそこそこに美味いレベルだが、たまには誰かが作るご飯が食べたくなる。そして、彬の母、渚の料理はとても美味しい。何よりこの流れもよくあるパターン。渚は彬の散歩に付き合ってくれる貴重過ぎる友人である司朗をもてなしたい。最初こそ遠慮していたが、胃袋をつかまれたこともあり今は素直に招待に応じて遠慮なく食べることにしている。たらふく食べて、散歩への備えをできるだけして、しっかり眠る。
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