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「貴女は大事な人を失っていますね」
市倉 聖晴は左手を胸に置き右掌の指先をスタジオでアーチ型に並べられた椅子に座った一人の若い女性へ向けた。その女性の頭上へパッと照明が照らされる。女は自分が選ばれるとは思っていなかったようで驚いたように両眉がクイっと上がった。それでも選ばれた事を嬉しく思うようで口角が上がる。しかしそれはほんの一瞬で、テレビの前に座る視聴者は見逃してしまうような微表情だった。
「貴女の身近な人だ」
「どうして分かるんですか?」
「貴女の隣に彼が見えるからです」
市倉は低音ボイスで囁いた。その声はスーツの胸ポケットに挿されたマイクがしっかりと拾い、スタジオに居る全員の耳に入る。小さなざわめきがスタジオ全体に広がり、司会者の女子アナが感嘆の声を上げた。
「しっ。静かに」
市倉は人差し指を唇の前に置いた。
「声が聞こえない」
市倉がそう言うと、騒ついた筈のスタジオが一斉に静まる。思わず声を上げてしまった女子アナも固唾を飲んで市倉を見つめた。
市倉は唇の前に置いた人差し指をそっと下ろす。静まったスタジオの中心で市倉は瞼を閉じて立つその姿は洗練されていて、知的な顔立ちもあって神秘的な輝きを放っていた。
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