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「おじいちゃんなの!?」
愛子の顔は青褪め、小刻みに震える自分の身体を抱き締めた。
「この男に呼ばれったったい」
「お、じぃちゃん、おじぃちゃん……!!」
懐かしい、熊本弁を喋るのは正真正銘の愛子の祖父だった。熊本生まれ、熊本育ちの愛子は、祖父が亡くなってから逃げるように出て行った故郷の方言を耳にして、大粒の涙が零れだす。
愛子はわっと声を上げて市倉にしがみつく。その勢いで、彼女が座っていた椅子が倒れた。
観客達は唖然と愛子と市倉を凝視して、誰一人声を発さなかった。ただ、愛子の泣き声だけが静寂の中響く。
目の前の市倉が突然、声が枯れて熊本弁を喋り出し、真っ直ぐに伸びていた背中が猫背になり――そう、まるで年老いたようだ。
「ま、さか……お祖父様が乗り移って……」
アナウンサーの震える声をマイクが広い、観客達が悲鳴をあげた。スタジオに居る全員が愛子と市倉に釘付けとなりテレビカメラマンさえもカメラを二人に向けながらも、目線は市倉を捉えている。仕事を忘れたかのようだった。
「おじいちゃん、おじいちゃんっ……ごめんなさっ、わたしっ私たい……おじいちゃん不幸者だった! 私を育ててくれた恩を無駄にしたとっ! 私がお金欲しさに盗まんかったらおじいちゃんは死なんかった! わたしっが、おじいちゃんを殺したったい!!」
感情が昂った愛子は無意識に故郷の方言が口から出ていた。一気に喋り出した愛子の呼吸は乱れ、足元のバランスが崩れズルズルと下がり、市倉の足にしがみついた。彼のスラックスを涙と鼻水で濡らす。その愛子の頭を彼──市倉もとい愛子の祖父は優しく撫でた。
愛子が顔を上げると、慈しんだ瞳と目が合った。市倉の顔の筈なのに――愛子には祖父として視界に映っていた。幼い頃に、祖父の足に抱き付いて頭を撫でてもらっていた事を愛子は思い出す。
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