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「わしは、なんも怒っとらんばい」
愛子の唇が歪み、泣き笑いのような表情を浮かべて男を見た。
視界が霞み、男の顔が涙で見る事が出来ない。
愛子は祖父に言いたい事が山ほどあった。更生出来た事、出会って結婚した夫は私と息子を愛してくれるとても優しい人。そして、私を育ててくれた感謝の言葉──……。
呼吸が落ち着いて、愛子はやっとの事で祖父を呼んだ。
「おじいちゃん」
と呼ぶと、暫くは何の反応もない。祖父が亡くなってから今までの話をしようかと口を開きかけると、
「っうう!」
市倉が突然、胸を押さえて苦しみ出した。
しゃがみ込んだ市倉は呻き声を上げてその場に蹲る。愛子は呆然と市倉の姿を眺めた──胸を押さえて苦しみ出す……まるで、おじいちゃんと同じ、心筋梗塞!!
愛子が蹲る市倉の背中に触れる──冷たいのだ。あの日病室で横たわる祖父と同じだ。
まさか、と愛子は青褪めた。祖父は「怒っていない」と言った。だが、実際は恨んでいたら? 私ではなく、身体を借りた彼を呪い殺し、次は私を殺そうと──。
「きゃあぁぁあああああああああああっ!!!!!」
愛子の甲高い悲鳴がスタジオ内に響き渡って、周りの人間達の耳へ突き刺さった。これを聞いたスタッフ達は今になってやっと、まるで幻想を見せられている気分でいたのが、目の前で繰り広げられているものが現実だと知る。
「救急車を呼べ!」
「ここにお医者さんは居ますか!?」
ざわつく観客達、慌てるアナウンサーと司会者の二人、悲鳴を上げながら謝罪を繰り返す愛子──それを黙らせたのは、
「──皆さん、お騒がせしました」
ハスキーボイスの掠れた声をマイクが拾い、その声がスタジオ内で響いた。そして、耳にイヤホンを差す司会者二人の耳に直で届き、声に酔いしれてしまって同時に二人して吐息を漏らす。
蹲っていた市倉が、何事もなかったかのように立ち上がる。スーツの襟を正し、ズレたネクタイを戻し、乱れた前髪を後ろに撫でつける。そのシーンが、一枚の絵画のようだ。
「霊に身体をかすと身体に負担がかかってしまうんです。もう何ともないですから、皆さんお騒がせしてしまい申し訳ありませんでした」
調子を取り戻したのか、市倉の声は穏やかな声音に戻っていた。それでも、声が良いのには変わりなく耳にイヤホンを差したスタッフ達は市倉の魅力がある声を聞く度に、ほぅ、と息を吐いてしまうのだ。
「愛子さん、驚かせてしまってすみませんでした」
ポカンと口を開けたまま、市倉を見上げ腰を抜かしてしまった愛子に市倉は手を差し伸べる。
愛子は戸惑いながらも市倉の手を取って、フラフラと立ち上がった。
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