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「もしかして、お祖父様は心筋梗塞で亡くなられてますか?」
それを聞いた愛子は目を瞠って「そ、そうです」と答えた。
「通りで、胸が苦しくなったんですね。合点がいきました」
そう言って、納得したように頷くと市倉は笑んだ。
愛子がそれを見つめたまま、生気がない顔色で、
「おじいちゃんは、私を恨んでますよね」
それを聞いた市倉の表情が強張る。が、ゆっくりと首を振って愛子の言葉を否定した。
「愛子さん。さっき彼が言った言葉は全て真実です。彼が私の身体に入っている時に全て聞いていましたが、彼は貴女を恨んでなんていない。むしろ貴女が素敵な男性と出会って結婚をして、お子さんもできて幸せに暮らしている事を喜んでいらっしゃいます」
「ど、どうしてそれを……」
市倉が知る筈もない情報が彼の口から出て、愛子は震えた──彼は、やっぱり本物だ。
「愛子さん」
「はい」
愛子が市倉を見つめるその目は、彼に心酔しきっていた。熱が篭った目はまるで、愛しい恋人を見るかのようだった。
視線が絡み合っている、市倉は後光が差したかのように眩しい。それは本当のところ天井にぶら下がった照明効果がそうさせてしまっているのである。しかし愛子の近くに座る観客達は後に語る。
『まるで神様のようだった』──と。
神様を見た事なんて誰一人いないのに。それなのに、彼らは市倉を神様だと信じ切った。
市倉が愛子の両手を包み込む。
「私に届いた声を貴女に届けます。聞いて下さいますか?」
「勿論です」
市倉は愛子の耳元に近付いた。誰にも聞こえないようにマイクの電源をこっそりオフにする。愛子のマイクも本人に気付かれないようにオフにした。
そして、市倉は愛子にだけ聞こえる声量で囁いた。それを聞いた愛子の目が大きく見開いていく。
市倉は愛子の耳元から離れる。
愛子は瞠目したまま、胸の前で祈るように両手を結んで、市倉を見つめた。
愛子は深呼吸を繰り返してから、震える声で市倉に問う。
「もしや、聖晴様は神様なのでしょうか?」
そう言った愛子の目を見て、市倉は笑った。
淫靡で、妖艶で……でも、どこか影のある寂しさが見え隠れするような──綺麗な微笑だった。
「私は神様ではありません。ただ神へ近付きたいと思っている──私は神様になりたいと思っている、憐れな男なのです」
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