春疾風

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改札口に立っている格好良い男の人が柊也だと気付くのに何秒、掛かったかな⋯ 一瞬、立ち止まってから駆けていく。 「柊也っ、なんでここに!?」 「おはよ。いいじゃん、たまには。」 そう言って私の手を取り強く繋いだ。 「おはよう。たまにはって⋯ 」 こんなこと初めてだし、今日は人事異動の発表がある日でわかり易すぎるよ。 今日が最初で最後なんじゃない? 涙が溢れそうになるのをグッと堪えて 「ふふっ、そうだね?たまにはいいね!」 と鼻の奥がツンとしたままニッコリ笑う。 「だろ?じゃ、行こう。」 私たちはギュッと手を繋いだままで歩いた。 早い時間とはいえ朝の通勤時間で人が多いのに⋯ 無言で電車に乗り込んでそれでも手を離さなかった。休日や夜ならわかるけど、いつもの私なら朝の人が多いところでなんて⋯ 恥ずかしくて手を離そうとするはずなのにね。 会社の最寄り駅に着き 「爽、まだ時間早いからコーヒー飲も?」 私たちが初めて二人きりで話をしたカフェを指差して言った。 私は柊也にわからないように小さく深呼吸して 「うんっ。なんか、朝から優雅だね?」 「ははっ、確かに朝早く来るのもいいな。」 コーヒーのいい香りとゆったりとした音楽。 それにモーニングを食べてる人のお皿とフォークの心地良い音が耳に入ってくる。 「爽、多分⋯ なんとなくわかってると思う。」 視線を下に話す柊也。 ふぅ〜っと息を吐いて〝大丈夫、大丈夫だから〟と心の中で自分に言い聞かせて 「うん。今日だね、発表。」 視線を上げて私の顔を見る柊也の表情は⋯ 今まで見たことがない不安気な顔で〝うん、うん〟と小さく頷いてからもう一度、口を開いた。 「俺、異動になる。」 ⋯⋯⋯⋯。 私はコーヒーを見つめて何度か小さく頭を縦に振るのがやっと。 喉の奥が詰まる感覚を覚えながら 「そっか⋯ でも、それ言っちゃっていいの?」 ほんの少し微笑みながら聞くと 「今日、発表だからいいだろ?」 と柊也も悪戯っぽく笑う。 今日まで言わなかったのに⋯ 言わなくてもちゃんと心づもりはしていたから、発表を見ても大丈夫だったのに⋯ 柊也も言えなくて苦しかったんだと思う。 そして、カフェを出て柊也はまた私の手を取り しっかりと繋いだまま会社へと歩いたーー。
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