1595人が本棚に入れています
本棚に追加
/250ページ
改札口に立っている格好良い男の人が柊也だと気付くのに何秒、掛かったかな⋯
一瞬、立ち止まってから駆けていく。
「柊也っ、なんでここに!?」
「おはよ。いいじゃん、たまには。」
そう言って私の手を取り強く繋いだ。
「おはよう。たまにはって⋯ 」
こんなこと初めてだし、今日は人事異動の発表がある日でわかり易すぎるよ。
今日が最初で最後なんじゃない?
涙が溢れそうになるのをグッと堪えて
「ふふっ、そうだね?たまにはいいね!」
と鼻の奥がツンとしたままニッコリ笑う。
「だろ?じゃ、行こう。」
私たちはギュッと手を繋いだままで歩いた。
早い時間とはいえ朝の通勤時間で人が多いのに⋯
無言で電車に乗り込んでそれでも手を離さなかった。休日や夜ならわかるけど、いつもの私なら朝の人が多いところでなんて⋯ 恥ずかしくて手を離そうとするはずなのにね。
会社の最寄り駅に着き
「爽、まだ時間早いからコーヒー飲も?」
私たちが初めて二人きりで話をしたカフェを指差して言った。
私は柊也にわからないように小さく深呼吸して
「うんっ。なんか、朝から優雅だね?」
「ははっ、確かに朝早く来るのもいいな。」
コーヒーのいい香りとゆったりとした音楽。
それにモーニングを食べてる人のお皿とフォークの心地良い音が耳に入ってくる。
「爽、多分⋯ なんとなくわかってると思う。」
視線を下に話す柊也。
ふぅ〜っと息を吐いて〝大丈夫、大丈夫だから〟と心の中で自分に言い聞かせて
「うん。今日だね、発表。」
視線を上げて私の顔を見る柊也の表情は⋯
今まで見たことがない不安気な顔で〝うん、うん〟と小さく頷いてからもう一度、口を開いた。
「俺、異動になる。」
⋯⋯⋯⋯。
私はコーヒーを見つめて何度か小さく頭を縦に振るのがやっと。
喉の奥が詰まる感覚を覚えながら
「そっか⋯ でも、それ言っちゃっていいの?」
ほんの少し微笑みながら聞くと
「今日、発表だからいいだろ?」
と柊也も悪戯っぽく笑う。
今日まで言わなかったのに⋯
言わなくてもちゃんと心づもりはしていたから、発表を見ても大丈夫だったのに⋯
柊也も言えなくて苦しかったんだと思う。
そして、カフェを出て柊也はまた私の手を取り
しっかりと繋いだまま会社へと歩いたーー。
最初のコメントを投稿しよう!