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2024.7.15.02:15:12 ■■県K町 iphoneにて録画「対話/和解」
「美礼、出来るだけ光源絞れ。音声が撮れるだけでもいいから」
「わかってる、これで限界だから。これよりは下がんないし、多分あの子も何も見れなくなる」
(声を殺して喋る2人。周囲は灯りひとつなく満天の星空のみ。草むらに入って音を立てないように源太と美礼は静かに「犬小屋」に向かう。美礼のタブレットが足元だけを照らし、源太のカメラは照明をつけていない)
……きゅううん、きゅうううん……
(犬の心細げな鳴き声。美礼が小走りになる)
「駄目だよ!そんな声出したら『太夫』とか消防団の連中に聞かれる!静かにして!鳴かないで!泣かないで!怖いことはしないから!」
「くーん……」
「お前もうるせーよ、美礼。足音と声抑えろ。『太夫』がどこまで聞いてるかわかんねーぞ。ただのメサコン野郎じゃなくどこまで『ガチ』かわかんねーからな」
(ひとまず、グズは鳴きやんでゴソゴソ、と毛布が衣擦れする音。美礼が先に犬小屋に辿り着き、人型に触れようとする)
「どけ、触ったらバレるかもしれねえ。セコムかもしれねえから、ごまかしとくわ」
(源太、フレーバーを美礼が触れようとした人型数枚に吹き付ける。OKを示すように、顎をしゃくって見せる)
「わんちゃん……!大丈夫?」
「くぅーん……あぉぉ……」
(夜に見るグズの姿は、猶更恐ろしい。目が蛍光緑に輝き、伸び放題の黒髪の隙間から見える目が凄まじい形相に見える。美礼は床に転がった空の器を指さしペットボトルの水と握り飯を見せる)
「お水、ごはん、持ってきたよ。入れ物持ってきて」
(グズ、黙って器を両方とも手で持ってくる。四つ足のように肘と膝で歩く。そっと器を網の側に置くと、美礼が片方に水を、片方に無理やり網越しに握り飯を押し込む。グズはしばらく夢中になって貪っていた)
「くんくん、ふしゅん」
(すべて飲み食いした後に、グズは人間なのに犬のようにくしゃみをした。パタパタ、と長髪の頭を振るう。犬の挙動をしている。その前に、美礼はひらがな表のタブレットを向けた。)
「これ、わかる?にほんご。にんげんのことば。こうやって、指さしてこたえて。わからなかったら、なにもしない、でいいから」
(グズの指が檻の中から差し出される。爪が伸びていると思われたが、咬んでいるようでギザギザになっている。以下、質問者は美礼、応答者はグズ)
「昨日は、あたしを襲おうとしたの?」
『さ、い、しょ、み、た、と、き、ね、た、ま、し、い』
「最初っていうのは、昨日の事?」
『ち、が、う、ふ、た、り、む、ら、き、た、と、き』
「じゃあ、昨日檻に飛び掛かって吠えてきたときは?」
『お、ど、ろ、い、た、だ、け、ご、め、ん、な、さ、い』
「そっか……あたしも声大きかったし、いきなり家を覗かれたらそりゃ怖いよね、ごめんね」
(グズは申し訳なさそうに頭を垂れた。美礼は慰めの言葉を並べ、質疑応答に戻る)
「昨日のけがは、だいじょうぶ?」
『い、た、い、の、な、れ、て、る』
(源太のカメラがグズの手首をズームする。棒で殴られ突かれたであろう赤、青、黄色の痣)
「ずっとあんな風にいじめられてきたの?」
『お、や、が、じ、こ、し、ん、で、か、ら』
「お父さんとお母さんは事故で死んだの?」
『き、と、う、の、じ、こ』
「『太夫』って人のやったお祈りの事故で?」
『は、い』
「あの野郎……」
(美礼、歯噛みする。源太が「事故に見せかけた他殺もあり得るな」と呟く。以下再び、質疑応答)
「あなたは、犬神統?犬神を使えるの?それともあなたが犬なの?」
(沈黙。わからない?)
「でも、犬みたいに振舞う」
『そ、う、い、う、し、ば、り』
「あなたに呪いの力はある?」
『……』(沈黙、わからない?)
「憎いと思った人や、羨ましい人を不思議な力で傷つけたことがある?」
『……』(沈黙、わからない?)
「人を憎いと、羨ましいと思ったことはある?」
『す、ご、く、あ、る』
「作家の人の事故を知ってる?」
『し、ら、な、い』
「七月夜、っていうホラー作家さんでね。この村の因習をお話にするためにインタビュー……おはなしをききにに来たんだけど、帰りに事故で崖から落ちて……何か知らない?」
『あ、い、つ、き、ら、い。わ、の、こ、と、あ、た、ま、が、お、か、し、い、き、も、ち、わ、る、い、し、ね、い、た」
「あなたは頭がおかしい、気持ち悪い、死ねって言われて傷ついたんだ」
『わ、お、か、し、く、な、い。こ、こ、し、ば、ら、れ、て、る、は、な、せ、な、い、だ、け」
「たしかにおかしくない。こうして文字で会話できてるから。源さん、周りは大丈夫?」
「大丈夫だよ。みんなスヤッスヤだ。このまま朝まで寝ててくれよ」
(村に向けて煙を吹き付ける源太。質疑応答再開)
「それじゃあ、吉良川壮馬くん、って知ってるかな。この前、この近くの山で滑落して、元々はこの村の大きなおうちの子だった、って……」
『そーま』
(先程より滑らかに指が動く。知り合いだからか?)
「そーま?吉良川くんのこと?名前で呼ぶくらい親しかったのかな?」
『そーま、わ、と、も、だ、ち、う、み、い、っ、た』
「こんな山奥から海にまで行ったの?」
『そーま、が、に、げ、よ、う、て、と、さ、に』
「坂本龍馬の脱藩みてえだな。イイオトコじゃねえか」
(再び源太が茶々を入れる)
「あなたは、吉良川くんを呪ってないんだね?」
『そーま、が、や、ま、い、た、こ、と、し、ら、な、い』
「だよね……こんな小屋の中に閉じ込められてたら……わかりっこない」
『そーま、い、き、て、る、だ、い、じょ、う、ぶ』
(グズ、首をかしげる。疑問形で尋ねていることがわかる)
「大丈夫だよ。骨折してるけど、今は高知の病院にいるから」
『よ、か、た』
(そろそろ本題に入る、と美礼は深呼吸する)
「あたしたちはできるなら、あなたをここから出したい。あなたは犬神統なんていう因習とかいう迷信じゃなくて、多分医学的に分析できる原因があるんだ」
『い、がく、びょうき』
(グズ、また首をかしげる。医師が子供を診察する「びょうき」の欄を指さす。驚く源太)
「マジかよ、こいつ。医学イコール病気ってわかってんのか。案外頭がしっかりしてるんじゃねーのか。お前、どこまで学校に通ってたんだ」
(グズ、学校の絵を指さして黙る。源太が補う)
「もしかして、学校行ってないのか?どこで知恵と言葉を得た?」
『ちちと、ははが、もて、きた、ほん。あと、そーまの、もてくる、ほん』
(本の絵を指さし、そのまま「火」のイラストにスライドさせる)
「読んでたが、燃やされたのか」
(頷くグズ。嫌な思い出なのか、うううう、と唸る。フォローする源太)
「もういい、無理すんな。納得いった。よっぽどお前の飲み込みがよかったんだろうな。文字がわかっても会話ができない理由がわかったぜ」
「だからあたしたちは、あなたを町長どもや『太夫』に支配されたこんな田舎から救い出したい。吉良川君にも会わせたいし、ちゃんとした場所でちゃんとした教育を受けさせたい。あなたの意志はどう?あなたは、どうなりたい?」
(グズの指が止まる。しばらく考え込む。そしてやっと指を動かす)
『で、た、い。わ、は、い、ぬ、で、な、い。に、ん、げん、といっしょ、に、いき、て、いきた、い。ばかに、され、たくな、い。わ、は、に、んげん』
(ぼろり、と緑色の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。グズは何度も学校の絵を指さす。美礼も釣られて涙を流す)
「だよね。こんな劣悪な環境、糞くらえだ。あんな『太夫』なんて糞くらえだよ。あたしと一緒に出て行こう。何が『グズ』だよ。あたしはあんたを『グズ』なんて誰にも呼ばせない。『犬神統』ってあんたが自分で名乗るならいいけど、他の人間がそれを口実にして差別するなら許さない。あんたは自分で考えて、発信できる『人間』なんだから。ねえ教えて、あんたの本当の名前は?『グズ』なんて名前を付ける親はいないでしょ?あたしら戦友になるんだからさ。あんたの名前教えてよ」
(その途端、グズ、何度も頭を振る。激しく頭を振る。泣いている。唸っている。苦しんでいるように見える)
『わ、の、な、ま、え、わ、の、なまえ、もう、わ、からない、ここに、はいってから、もう、わ、の、なまえ、なまえ、なまえ、わ、は、だれ――』
(アオオオオオォー!と、苦し気にグズが鳴く。その瞬間、源太が檻にしがみついていた美礼を片手で力づくで引き剥がす。手ブレが激しく視界が一切定まらない。美礼は何か言っているが聞き取れず。源太の喘鳴音が大きく聞こえる。美礼、タブレットの照明を落とす。そのままあてがわれた古民家まで止まらずに走る。古民家に着くと、扉を出来るだけ音を立てないように開閉し、施錠する様子が土間に放り投げられたカメラに映る)
(しばらく電気を点けず、息を殺して沈黙)
(アオオオオオォー……、と、遠くでグズの遠吠え)
「……っは、何で誰も起きないんだろう……」
「多分、グズは元々ああやって夜泣きする癖があるんだろう……狼とか、野犬ってのは明け方とか夜中に遠吠えする奴がいるだろうが……ああ、都会生まれ都会育ちじゃわかんねーか……村民は慣れてるんだろうな……」
(ひそひそと話し合う美礼と源太。遠くではまだ、グズが鳴いている)
「酷いよ……自分の親が急に殺されて、自分の名前も忘れるなんて、呪われてるのはあの子の方じゃん……拉致監禁だよ、村ぐるみの……警察にこの動画提出して……」
(源太はスマホのライトで床を照らし、出来るだけ外に見えない形で布団に潜る。画面が真っ暗になるスマホ)
「お前本当に考えねえな、グズもまともにあの歳で名前を言えねえってなると、洗脳かなんかにハマってらぁ。警察が来ても、町長の権力と果ては町長と繋がってるかもしれねえ県やら自治体の中でもみ消されるのが関の山だ。誰が好き好んで関わりたがるよ、こんな迷信、『因習』なんて」
(山から下りた都会で精神に問題を抱えた大人の監禁が為されてるならともかく、山ン中ならもみ消した方が警察的にも病院的にもマシだろ?誰だってそう思うに決まってる。俺が保護する立場だったとしてもそう思う。その積み重ねが差別構造ってやつじゃねーのか、と言われ、美礼は布団に潜って黙った)
(録画終了)
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