2024.7.18.20:15:30 東京都港区 iphoneで録音「幼馴染の証言」

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2024.7.18.20:15:30 東京都港区 iphoneで録音「幼馴染の証言」

(音声のみ。ガヤガヤとした音声を通り過ぎて、扉の開閉音。源太がぼそぼそと何かを店員らしき男性に伝える音声。オーダー?店員、オーダーを取って出ていく。扉の開閉音) (男女の談笑が遠い。壁を隔てているようなくぐもった響き。個室?) (扉の開閉音) 「お待たせ致しました。申し訳ございません、直近のミュージカルの練習が長引きまして」 「こちらも先程ついたばかりです。タイトなスケジュールの中、ご無理を申し上げてしまい申し訳ございません。しかも、混雑した店内で息苦しかったでしょう。ここまでこの時間混んでいるとは……普段出不精なもので、雰囲気がつかめず」 「いいんですよ。打ち合わせや仲間内の飲みもこんな場所でやりますんで。大体どの場所も、この時間ならこんなものですよ」 (衣擦れの音と、何か硬いものを机に置く音。眼鏡を外した?) 「お、眼鏡外しただけでも随分カリスマ性が上がりますなぁ。流石は無敵のアイドル吉良川壮馬。Yotube活動でも始めたら俺のチャンネルなんて秒で吹っ飛ばすんじゃないですか?」 (青年――吉良川壮馬、低く笑う) 「冗談はよしてください、自分はグループのブログ更新だけで手いっぱいですよ。Yotubeなんて、新作のPVをアップしてもらうくらいしか使い道が思いつきませんし、俺もそれ以外できません。リーダーが代表して歌の一発撮りみたいなのにチャレンジしてましたけど、無駄にそれ以外は広げたくないですね」 「マジに受けんといてくださいよ、あんたのとこがチャンネル持つなら全員が個別に持たなきゃならんでしょう。そんならキリがない。自分だって二種類シリーズ持つので手一杯なんですから。何でも真に受ける、って下馬評はガチみたいっすね。面白」 (やや剣吞な雰囲気だったところに、オーダーされていた料理が届く。しばし沈黙。ウェイターが退出したところで、源太が何かを口に含みながら話す) 「そんな真面目な吉良川壮馬君に、今日は聞きたいことがあって来たんですよ。なぁに、週刊何曜日みたいなゲスい話じゃないから安心しな。あんたの女性関係にまつわるインタビューではあるが……」 (源太が深く呼吸する音。喫煙らしく、壮馬が露骨に嫌悪の声を上げる) 「恐れ入ります、現在自分はミュージカルの出演を控えておりまして、喉を大切にしたく、受動喫煙の方は控えて頂きたいのですが」 「だから真に受けるなって、こりゃあフレーバーだよ。水蒸気、煙じゃねえの。それにこいつは不思議な煙でな、見てろよ、お前の方には行かねえから」 (壮馬、暫く黙っているがようやく口を開く) 「……はあ、まあそうですね、確かにそうですが……空調の妙でしょう。では、本題に移らせていただきましょうか。熊井町にお住いのはずの、狛井(こまい)さんの現在の御様子について」 「狛井さんね。それがあの『グズ』の苗字か?」 「あいつを『グズ』なんて呼ぶな!!」  壮馬の怒号。スプーンかフォークが滑り落ちるけたたましい音。椅子が倒れる音。源太が鼻で笑う声。 「そう怒りなさんな。そういうあんたも、とっとと都会の学校に逃げ出してあの娘さんを助けやしなかったくせに。チャンスはいくらでもあったはずだぜ?ましてや、アイドルになって以降なら動物愛護団体や女性権利団体と組んで突入みたいなことも出来たはずだ。そこを事務所の意向か地元のしがらみかしらねーが、ビビッて何もしなかったのはどこの誰なんだよ。ええ?俺が連れてった中堅配信者の小娘は言ったぜ?『絶対にこの人を助ける』って。吠えるだけのお前さんよりよっぽど男気があるんじゃねーのか?」 (壮馬、沈黙して椅子を引き直して着席。しばし双方沈黙。先に話したのは源太) 「……狛井、という女は『グズ』って呼ばれてるが、ありゃあ『犬神統』と人間が交わった結果生まれる『グ』がいつの間にか罵倒に転じて『グ』になったんだろう。ろくでもねえ変化だ。いずれにせよ、あいつ個人の名前じゃねえ。あいつに対する冒涜だ。あの土地で狛井何某(なにがし)という女は今でも『グズ』と呼ばれているし、小屋の中に閉じ込められて汚泥塗れの布団と毛布の中でろくに飲み食いできず暮らしてる。太夫の呪縛のために喋ることも出来ん。そんな有様だが、ご感想は?」 (沈黙。壮馬らしき男、荒く何度も呼吸をする。貧乏ゆすり?の音。ひゅー、ひゅー、ふー、とあの長身痩躯に似つかわしくない呼吸音) 「……狛井を助ける」 「今更どうやって」 「警察でも何でも呼ぶ。俺がプロダクションに直訴して……」 「カス、時機ってもんを逃してんだよ」 「何だと」 「ボケが、あの町が何でも有耶無耶にするに決まってんだろが。誰があんなに心身弱り切った所謂ドメンヘラをわざわざ外から助けに行きたがるよ。良いように取り繕って『町がどうにかします!』って太夫が前面に出りゃ、いくらお前独りが騒いだって太刀打ちできやしねーぜ。体裁とか手間ってもんを考えろや」 (警察はドメンヘラとオツムが弱い人間に冷てーんだぜ、と源太。壮馬、頭を抱える?) 「どうしたらいいんだ、どうしたら狛井をこっちに……あの村から助け出せるんだ……!せめて俺は、狛井を人間にしてやりたいのに……!!せめて高知に、人のいる中に、まっとうな人の中に……」 (ガン、と源太が机の脚を蹴る) 「もういい、お前は思ったよりメソメソした内気な男だったな。俺の見込み違いだ。時機を逃したのが終いだったな。だが、この期に及んで狛井を救いたいっつー思いには賛同しといてやる。俺のツレもそう思ってるからな。お前が今狛井という女を助けるために出来ることはたったひとつだ」 (源太が立ち上がる音?ボイスレコーダーを手に取り、壮馬に近づける) 「お前に出来ることは、狛井何某の下の名前を呼ぶことだ。あいつは太夫の『犬神』の呪縛で自分の名前を忘れて、ひいては自分自身が人間性であることも忘れて犬になってる。だから、お前が呪いを解け。日本の昔からの習わしだ、『存在』は『名前』で『定義され縛られる』。だったら、狛井とか言う女の『犬神統』の呪いはお前の『名を呼ぶという行為』で解けるんだよ!おら、呼べよ!一度は惚れた女の名前だろ!今でも覚えてんだろ!まだ間に合うんだ、手遅れになりたくなかったら今すぐ呼べ!」 (壮馬、周囲のざわめきを掻き消すほどに大きな声でボイスレコーダーに叫ぶ)  きらきら星、きらきらが入っていた、自分と同じ、きらきらの入った彼女の名前。あの町を離れてから、ずっと忘れたことなんてなかった。 「俺だ、吉良川壮馬だ!覚えてるか、お前の名前は、狛井――」
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