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2024.7.14.13:34:45 ■■県K町 iphoneにて録画「接触」
(自撮り棒で高所より撮影、手ブレが酷い。血色を取り戻した美礼が笑顔で映っている)
ど~も~、コラボ中のみれぃ☆ちゃんねるです~!お恥ずかしいことに午前中はぁ、何だっけ、高山病っていうのかな?ちょっと急に山の上来ちゃったから体調崩しちゃってぇ……古民家に泊まらせてもらってるんですけど、そこで源さんの収録聞かせてもらってました!!超勉強になりました!!いやマジで!
前からね、やっぱりコラボ相手ですからチャンネルを見るわけなんですけどぉー、ぶっちゃけ男女で陸の孤島って怖ない!?って警戒してたんですよ!でも、(頭をぺち、と叩く)みれぃ、反省!大大大大反省っすわ!!その道のプロの方はやっぱりすごい!プロしか勝たん!もうねー、私完全に知識がなくって不安で正直ブルってた。ビビり散らしてた。この世の終わりみたいになってた。でも、源さんの解説聞いてたらすっごい納得したし、源さんああ見えてすっごいコラボ相手へのリスペクトが凄くてー、優しく接してくれたんだよね……慰めてくれてさー……。
あ!慰めるとか変な意味はないから!!そこはマジないから!!だって源さん女嫌いだし、そういう契約巻いてるし、マージ―で、そこは誤解しないで。はい。源さんの名誉にかけてそれはないから!だから迷惑行為はやめな?
でっかい親戚の兄ちゃん?って感じ。頼りになる体育の先生、みたいな。そりゃそうだよね。あのチャンネル見たリスナーおりゅ?解説の知識量パないし、文献とかスラスラ出て来るの、あれカンペ無しで出て来るんだよ?いや暗記してるかもだけど、完全に理解してるってことじゃん?
天才じゃん!?神っぽいな!?
って言ったら源さんに「神とか軽々しく言うんじゃねー、神っていうのは……」とか解説が始まるんだろうなー。
(パン、と手を叩く)
と、いうことで!お昼ご飯は源さんが東京から持ってきた具材で作ってくれた炊き込みご飯をいただいて、みれぃはめっちゃ元気です!なので、源さんの許可も得まして、ここは外に出まして、村民……じゃないな、もう町なんで。町民の皆様の「ナマの声」を聴いていきたいと、思いまーす!第一町民発見!ってやつ!まぁ、どれくらいの人があたしらのこと知ってるかわからないし、いきなり不審者扱い、ってのもあり得るけど……まあいいや、やってこー!
(画面をタップし、カメラが外向きになる。晴天と山地、山に貼りつくように造られた田畑。点々と密集する家々。いかにも限界集落という光景)
いかにも朗らかな田舎……悪い意味じゃなくて、ほっこり田舎、って感じですね。一応ホラー企画ではあるんですけど、この町への誹謗中傷とかはやめてくださいねー。源さんのチャンネルでも言うとは思うんですけどー、もしかしたら「因習」とかもう風化して、ただおじいちゃんおばあちゃんが住んでるだけかもしれないじゃないですかぁ。
だから、えーと、この町のいいとこもPR。ここの町は農産物とか川魚の釣り食べ体験が売りなんだけどー、あと古民家グランピング!を、楽しみに来るのはどうぞどうぞだけどぉー、面白半分の凸とか悪口はやめてねー?「ゆうこす」ちゃん見てるー?上京して長いのかもだけどー、町は町おこし頑張ってるよー。お金溜まったらサークルの合宿とかでグランピングがてら帰ってきたげてよねー。
しっかし、昼間だからかなー。人いないなー。あっつ、山の上だから涼しい方なんだろうけど、iPhone熱暴走してない?生きてる?わかんね……うわ!これ見て!これホラーだよ!!
(自撮り棒が縮む音、地面に転がってるセミが映る)
暑すぎてセミまで死んでるよ!!通りで静かなわけだわ!!いや、もしかしたら……
(スニーカーのつま先でセミを小突く、セミが「ジジジジジッ!!」と大暴れする。飛び去るセミの後姿を撮り続ける)
ぎゃああああ!!セミファイナルでした!!生きてました!!ごめんなさいセミくん!!てか元気に飛べるな!?何で寝てた!?命短し恋せよセミ!!頑張れよー!!
……てくらい、独り芝居するくらい、人がいませーん。あっついからもしかして、農業してる人ももしかしてお昼休み?時間帯間違えた?あたしアホ?やっちまった?若い人も基本普段は町役場勤めか教員か農業らしいし……町役場とか小中学校凸はできんわー……。
(はあ、はあ、という美礼の苦し気な坂を上る息。田畑が風景に増えていく。木々も鬱蒼と密集してくる。その時、木陰で休み談笑する中年夫婦が画角に映り込む)
お!おおお!第一町民発見!!カップルだから第一第二町民だけど!カップル……ていうかご夫婦でいいのかな?多分今は加工でモザイクかかってると思いまーす……これから、出演交渉をしてまいります!
(駆け寄る美礼。ぶれるカメラ)
「こんにちはー、えーっと、農作業の休憩中お邪魔してすみませーん……もしかしたら町役場の方から何かお話があったかもしれないんですけどぉ、東京の方から動画配信撮影のために参りました、配信者のみれぃ☆と申します!ご存じないかもしれませんが、Yotubeの『みれぃ☆の勘違いしちゃってもええやんちゃんねる!』って言うのをやってて……」
(ぽかん、としていた中年夫婦がようやく話を飲み込んだらしく、先に妻の方が顔を真っ赤にして慌て始める)
「え、ちょっと待って、これ撮っとるん!?その、よ、よーちゅーぶ?いうのに載せとるん!?やめてや!さっきまで畑しよってすっぴん汗まみれやのに!恥ずかしい!ちょっと、あんた盾になってや!」
「え、えーと、自分はK町消防団と兼業農家をやっております、宮尾与三郎と申します、えーK町はええとこです、ぜひ来ていただけると……」
「お、落ち着いてください!奥様も!生放送ではないので!メイクが必要でしたらまた後日でもいいですし、私としてはナマの町民の声が聞きたいので、汗を拭いて髪を整えていただくだけでいいですよ!それに、奥様は十分すっぴんでもお綺麗なので!どうしてもお嫌でしたらまた後日にしますが、できればお話お伺いしたいなー……って。タオルとかで口元隠したり……駄目ですか?」
(町民夫婦はようやく落ち着いたらしく、横並びに座り直し汗を拭き髪を整えて改まった態度をとった)
「あ、す、すみません……私ってば、びっくりしちゃって……第一村人発見みたいなああいう笑い者になっちゃうのかしら、って恥ずかしくなっちゃって……こんな畑でくたびれたところ全国配信されたらかなんな~って……さっきまでおにぎり大口で食べよったし……」
「いいんですよいいんですよ!そういうのが、元気なマダム!って感じで!私達はそういうの求めてます!旦那様も先程消防団、っておっしゃってましたし、元気な農業オシドリ夫婦!!って立派な町おこし夫婦じゃないですか!!オッケーオッケー!私もね、こう見えて美容系配信者って言われてるんですけどね、奥様充分元気はつらつの美人ですよ!!え、すっぴんで農業されてるのにこんなに素肌にシミもシワもないって……ありえなくない……?綺麗すぎん!?奥様美人すぎ!都会ではみんなアンチエイジングとかいって若作り頑張ってんのに!!こんなきれいなすっぴん、マジ見たこと無い……」
(宮尾妻がやっと顔からタオルをとる)
「ええ、ホンマ?あらぁ、あなたもかわええ子やないの!東京のお嬢さん、言う感じがするわぁ!そんな人に褒められるいうたらもう恥ずかしい……め、『めいく』?お化粧のことかいね?こんな町やろ?多分そんなにええもん持ってないけん、すっぴんの方が多いけん……それにお墨付き貰えるなんて嬉しいわぁ!お世辞でも嬉しい!」
「お世辞じゃないですよぉ!ね、旦那さん!奥様……お名前、まだお伺いしてないんですけども、お綺麗ですよねぇ?私憧れます!お2人みたいな、お似合いの、一緒にお仕事して、お昼ご飯とって、いっつも幸せそうなご夫婦!」
(もごもごと宮尾与三郎が顔を赤くする。妻が満面の笑みで寄り添う)
「嫁は……華子は、本当に昔から村一番の器量よしで、自分と結婚してくれたんが奇跡みたいな美人です。器量よしやけん、ずーっとお姫さんみたいに無理させず家で楽させよう思っとったけど、農業一緒にしたい言うてくれて、一緒に土いじりするんが幸せで……ホンマに、出来た嫁です。息子夫婦と孫はこの土地を出て土佐の方に行ってしまいましたが、まあ暗い話になりますが、自分はいいからせめて最期に華子に孫くらいは見せに来て欲しいなと……孫ももう大学生のはずですが……」
「ほぉ!もしかして、その子は『ゆ』から始まる名前ではありませんか?」
「ああ、確かに『優華』と、華子の『華』の字を入れて……」
「あらぁ~!!もしかして、この前連絡くれた『ゆうこす』ちゃんかな!?『ゆうこす』ちゃん見てる~!?おじいちゃんおばあちゃん、待ってるみたいだから、田舎とかどうとか言わずに、ちゃんと顔ぐらい見せなよね~?」
(再び慌てて顔を隠す華子)
「ちょっと、優華がこの放送見よるん!?やめてや、あの子の前ではお化粧した顔しか見せてないのに!!でも、優華、またいつでも帰っておいでよ。独りが心細かったらお友達と一緒でもええけんね」
「優華ぁ、でも男連れはいかんけんの!爺ちゃんが許さんけん!」
「ゆうこすちゃん、愛されてますねえ~!そんなゆうこすちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんに、インタビューです!」
(場所を少し整えて、定点カメラに変える。美礼と宮尾夫妻が斜めに向かい合う形で畑の畦に座っている)
「お2人から見て、今のこの町って率直にどう思います?もうちょい観光名所にしたいなー、とか、交通の便がー、とか、何かに不自由してるとか。全国にアピールするチャンスですよ」
(間髪入れず宮尾与三郎がコメント)
「消防団の自分からすると、やはり若いもんが居着かんいうんが痛いですな」
「あー、やっぱり『因習村』とか言う人がいるから」
「ほーよほーよ、あんなもん、もう私らの世代でようやっと終わったくらいの話やのに、何か小説とか映画で流行ったとか言うて……町おこしに使う言うて町役場は必死よね」
「あないな差別はもうないけん。そんな『因習』なんぞ無しでもこの土地が魅力的や言うことを都会の人らに知って欲しい」
(宮尾夫妻は揃って頷きあっている)
「ホントにね、ここは人がええから、土地もええし、野菜も魚もええのが取れるから、町おこしと言わずずーっと住んでくれる若い人を待ってるんよ。だから、孫にも戻ってきて、って言うて」
「自分らはもう下の都会に降りる元気もないけん、ここで骨を埋める覚悟なんよ。それくらいここはええ土地なんよ。自分らの先祖が切り開いて、自分らで耕してみんなで守ってきた土地、村やけん」
「なるほど~、熱い思い、ありがとうございます!『因習なんてもうない、関係なく遊びに来て欲しい』アピール頂きました!東京の皆さん、よろしくお願いしま~す!」
「よろしくおねがいします~!!」
「よろしゅうおねがいします!!」
(3人でカメラに笑顔で手を振る)
(宮尾夫妻と別れて、再び外カメラにして独り歩きする美礼)
さっきのご夫妻は「因習なんてない」って言ってたけど、ゆうこすちゃんの言ってたこととかなりズレてるんだよね……源さんの言ってた「村の拝み屋さん?」のことも聞けなかったし、撮れ高的にもあたしのギモン的にも厳しいわー……なんか無いかねー、この際ニワトリ小屋とかでもいいわ。なんか面白いもの。ニワトリでも野良猫でもセミでもいいから……………っ?
(風音がマイクに入り始める)
なんっ……?何か、臭くない……?風がさ、何か急に、強……生ゴミ……?ゴミ捨て場近いんかな……動物とか死んで腐ってる……?何かムワッて、めっちゃ一瞬風が臭かった……あの……何……ろ、生ゴミ……日のゴミ捨て場……臭いみたいな……血?とか……?考えた……ない……
(風音が強くなり、美礼の声が聞き取りづらくなる。ずぶずぶと、誰のものかもわからない畑の中に足を踏み入れて美礼は進む)
……ち、畑……まない……と……ないし、……の影だけど……道はあるから、入っ……っあ!?
(カメラがぶれる。画面内に鶏小屋のようなもの。自撮り棒からカメラを外し小屋をズームする。小屋の外側にはベタベタと赤茶けた札のようなものが貼り付いている。画面はずっと手振れしている)
……に、あ……ニワト……や?……臭い……すね……声……ニワトリ……ない……す……
…………きゅーん、きゅーん、くうんくうん……くぅーん……
(犬のような声。子犬が親を呼ぶ声、もしくは成犬の怯え声。美礼、ゆっくり檻に近付く)
犬小屋……犬神……違……迷信……ただ……犬小屋……子犬……覗い……かわい……
(LINE通話呼出音。恐らく源太。美礼は「うるさいなあ」と呟いて切る)
……れじゃ、……んちゃーん……わんちゃ……ん………………………………
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
え
(はあはあはあはあはあ、という美礼の息遣い、激しく手振れするカメラ、めくられた札の向こうの檻の中、犬はいない。ぼろぼろに裂けカビの生えた汚い布団が無造作に床に広げられ、同じくカビだらけの毛布がクシャクシャに丸まっている。どちらも人間が使うもの)
はあはあはあはあはあはあ
(ガタガタと震える視界。床を更に映すと、銀のボウルが2個。片方には汚水、片方には固まった古米。そして、美礼が小さな「いいいいぃ!?」という悲鳴を上げる。何とか震えを止めようとする画面の中で、毛布の中から浅黒い骨ばった人の足首がはみ出しているのが見える。震える画面がズームする)
はあはあはあはあはあ、あっ、あっ、人っ?人がっ?ッア!?あああ?アッ、ぁーっ、あのっ、だ、大丈夫ですかっ、誰かいるんですかっ!?ねっ、熱中症ッ!?そんな毛布……っ
「うぐるるるるるるううううぅ…………」
(「犬の唸り声」。警戒や寝言のような。人の声では無い。足がモゾモゾと引っ込み、毛布が蠢く。美礼はカメラをポケットに入れる。札を数枚剥がして檻を掴んで叫ぶ)
大丈夫ですかっ!?熱中症、暑くないですかっ!?毛布脱いでください!!お水、飲めないですよねっ!!こんなとこ、酷いっ……救急車っ!!警察呼びましょうかっ……ぎゃあああああああああああああ!?
(その瞬間、ばっ、と毛布を跳ね除けて金網に『人らしきもの』がへばりついた。服は汚らしい灰色のスウェット、首には大型犬用の首輪と鎖、『人らしきもの』の髪は伸び放題で汗でかぴかぴに固まっている。そして目は白濁しているが、犬歯の伸びた牙を剥いて涎を散らし鎖をめいいっぱい伸ばして美礼の眼前で)
「ううううううううううあああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛う゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ん!!」
(『人らしきもの』の鳴き声。普通の犬の鳴き声ではない、保健所などで聞く野良犬の声に似ている咆哮をあげる『人らしきもの』)
ぎゃああ、あああ!!
(美礼、スマホをむしり取り手ブレさせながら『人らしきもの』の方に向ける。『それ』はずっと吠えている。檻の中は視界が効かないのに、『それ』はまっすぐ美礼に向かってくる)
「ヴァァァオ゛!!ヴヴヴ!!ア゛オ゛ォ゛!ア゛オ゛ォ゛!!ア゛オ゛ォ゛!!ア゛オ゛ォ゛!!ア゛オ゛ォ゛!ア゛オ゛ォ゛!!ア゛オ゛ォ゛!!ア゛オ゛ォ゛!!」
はぁっ、はあっ……何、なんか、同じ、同じ吠え方繰り返してる……?何か、言いたいことある、の……?
「大丈夫ですか美礼さんっ!!」
(美礼、咄嗟にスマホを手元に戻しポケットに隠す。宮尾与三郎を筆頭に消防団が集まってくる。手に手に棒を持っている)
「このっ、犬の子が!!グズが!!お客さんになんちゅうことをしよんじゃ!!くそおどれが!!犬畜生の血のもんが!!グズ!!グズ!!」
「死ねやグズ!!ええ加減くたばれ!!村の恥!!」
「村おこしの役に立たんなら死ねグズ!!」
「キャンッ!キャン、キャンキャン!!ギャインッ!」
(消防団の男たちに棒で殴られ、網の間から突き込まれ檻の中の隅でアザだらけで丸くなる『人らしきもの』――『グズ』と呼称されるもの。更に攻撃する消防団。アザだらけ、血だらけのグズ)
やめてよ……やめろよぉーっ!!ちょっとやりすぎでしょ!!確かにその人怖かったけど!!そんなの過剰防衛じゃん!!リンチじゃん!!やめてよ!!ケーサツ呼ぶよ!!
(宮尾与三郎が平然とした顔で美礼の方を見下ろす。何事も無い顔。当然のことをした、程度の顔)
「いや、あれは村の恥部、あれこそ『因習』の残り香やけん。ええんよ。客に吠えるクソ犬は棒で殴って躾をせないかん。あのグズはそういう奴やけ。そういう『グズの家』の『グズ』の煮詰まりやけ。何してもええんよ。美礼さんも怖かったでしょう。グズのことは忘れて、行きましょう」
(美礼を促す与三郎。後ろで犬の悲鳴。美礼はその場に留まろうと踏ん張る)
優華さんといい、あの「人」のこと、グズ、グズってなんなんですか!!人なら名前や戸籍があるでしょ!!動物扱いとかグズ呼ばわりとかやめろ!!
(与三郎、美礼を無理やり引っ立てて怒鳴る)
「グズはグズや!!グズ言う名前や!!自分らが子供の頃からあの家はグズなんや!!太夫さんが決めたけえグズなんや!!名前も戸籍も知るかいな!!」
(美礼の悲鳴と共に録画が終わる)
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