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82.近づく危機
ルクス王国では、数年前から王政に不満を持つ民衆が王都でしばしば暴動起こし、今やそれが国中に波及して治安が悪化していた。群衆が王宮に迫ることもあっても、今はまだ暴徒が王宮に乱入することをなんとか防げていた。革命軍が王都に結集したらそれも無理となるだろう。その混乱に乗じて貴族派も王の権力を削ごうとしており、内乱まで一触即発だ。
ステファニーが王宮に来て以来、エドワードの頭は彼女のことでいっぱいで革命軍と貴族派への対策がおざなりになっていた。宰相リチャードも革命や内乱を防ごうとしていたが、国王たるエドワードとの連携がとれず、効果のある対策がとれていなかった。
エドワードは危険を感じて息子トビアスを王宮から避難させることをステファニーに提案した。
「それなら私もトビーと一緒に行きます」
「駄目だ!君は僕と一緒にいてくれ!」
「私は子供2人と離れてしまいました。せめてトビーとだけは一緒にいさせてください」
「乳飲み子のトビーを王宮にとどめておくのは危険だ」
「こんなご時世に乳飲み子を母親から引き離すほうが危険です」
「乳母がいるだろう?彼女は避難には同意してくれたぞ。今だって乳母に任せることも多いじゃないか。」
「そんな勝手に!乳母に任せることが多いのは陛下が・・・!」
エドワードはステファニーの産後1ヶ月から毎日関係を迫り、彼の性交は時間をかけてねちっこい。エドワードがステファニーの部屋にいる間はトビアスを必然的に乳母に預けるしかなかった。
「わかってくれ、君となるべくずっと一緒に過ごしたいんだ。でも乳母もいつまで王宮にいてくれるかわからない」
「そんな話があるのですか?!」
「いや、いつ辞めると言われてもおかしくないってことだよ。今はなんとか安全が保てているが、革命軍か貴族派の裏切り者達がまもなく王宮に侵入してくるだろう。そうでなければソヌス王国の騎士団に占領されるはずだ。それを恐れて王宮の使用人達がどんどん辞めていっている。持ち場を離れた騎士も少なくない。だが、僕は彼らを責められない。革命軍といっても同じルクス人だ。でも騎士である以上、王宮に不法侵入した者を撃退しなければならない。騎士達は同じルクス人同士で戦いたくないんだ」
「王妃陛下の母国ソヌス王国がルクスを侵略するのですか?!」
エドワードはユージェニーが置いていった離婚申請書を見せた。そこには既にエドワードも署名してあった。
「どういうことですか?」
「昨日、執務室に置いてあるのを見つけた。ユージェニーの侍女と護衛騎士もいなくなっていた。これでソヌス王国がルクスを守る理由はなくなった」
「でもソヌス王国だって革命が波及するのは防ぎたいでしょう?」
「ああ、でも革命を起こさせないのとルクス王家を守るのは別問題だ」
「そんな!」
「仕方ない。誰だって自分の懐は痛めたくない。ましてや兵士の命がかかっている。だから・・・お願いだからトビーを避難させてくれ、乳母が辞める前に!」
「私はトビーのいる所にいます。あの子が避難するのなら、私もここを出て行きます」
エドワードはステファニーに抱き着いた。彼の腕は震えていた。
「お願いだ・・・僕の側にいてくれ・・・母上ともリチャードとも長いことまともに話ができないんだ。ユージェニーはルクスを見限ってもう母国にいる。騎士団も脱走が相次いでガタガタだ・・・もう僕には君しかいないんだ・・・」
「・・・わかりました・・・ここに残ります。でもトビーも一緒です。乳母が辞めても私がいます」
エドワードは竹馬の友かつ側近のリチャードと以前のようにプライベートで話すことがなくなり、実母の王太后メラニーとも最近は会っていなかった。メラニーは愛する夫が毒殺されて以来、落ち込みが激しく人との接触を避けており、最近はエドワードとすら会っていない。
エドワードはステファニーの懇願でトビアスの避難を諦めた・・・ように見えた。数日後、トビアスは王宮から消え、ステファニーは半狂乱になった。
「トビー!トビー!どこ?!ママはここよ!返事してっ!トビーッ!」
「ステフィー、落ち着いてっ!トビーは王宮の外で無事に保護されている!」
「・・・王宮の外?!どこ?!」
「君の父上に保護を頼んだ。名前を変えて貴族派の家に養子に出すそうだ」
トビアスは彼女の実家エスタス公爵家に預けられた。彼女の父ケネスはすぐにトビアスの名前をトーマスと変え、それまでエスタス家と全く関係のなかった下級貴族と養子縁組させた。
「どうしてっ?!あの子は私の子よ!どうしてー・・・ああああ・・・」
ステファニーは号泣しながら、エドワードの胸を拳でドンドンと叩いた。
「あの子は僕達の子だ。革命軍がなだれ込んできたら、彼は殺される。トビーさえ生き延びてくれれば、彼が僕達の子だってことは僕達が知っていればいい」
ステファニーは号泣しながら床に崩れ落ち、エドワードの言うことは全く耳に入らない様子だった。それ以来ステファニーは気力を失い、日がな一日中、窓際に座ってぼうっとしているだけになった。
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