本編

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「ウザい」その男にはただそれだけしか判断基準がなかった。欲望のまま無思慮に好き放題行動するか、「ウザい」と感じたら相手を闇雲に殴り倒すか。  うまく行ってる奴を見たら「ウザい」と悪態をつく。隙を見て足を引っ張ったり、何か奪えそうなら遠慮なく奪っていく。金持ちもウザい、頭の良い奴もウザい、道徳だのモラルだのとうるさい奴らは最高にウザい。  夜の街のネオンが煌めく中、男はその欲望のままに行動した。「ウザい」と感じたら、その場で相手を殴り倒す。「おい、何してんだ!」と叫ぶ周りに対して、彼は「ウザいんだよ」とだけ答え、その場を去った。  ある夜、男は盛り場で別の男ともみ合いになった。酔っ払った男たちの笑い声や、女たちのはしゃぐ声が響く中、二人は取っ組み合いとなった。理由など「ウザい」以外になにもない。無遠慮に相手を殴りつけているうち、相手に車道へ突き飛ばされ、そこに走ってきた車にはねとばされてしまった。    気付けば男は見たことのない奇妙な場所にいた。見たことの無い神殿のような建物の中に、奇妙な光の玉がいくつも浮かんでいる。どうやらファンタジーものの異世界のようだが、そんなタイプのゲームもマンガもキモいオタクどもの観るようなものだと相手にしてこなかった。小偉そうな女が自分に解る言葉でいろいろ講釈を垂れてきたが、聴く気にもなれなかった。ただ自分に何かすごい力があると何となく解っただけで十分だった。  少し念じるだけで炎やら光の矢やらが飛びだして、気に入らない相手に叩きつけられる。「この力、面白いな」と男はつぶやいた。  力を手に入れた男は、新しい世界で好き放題に振る舞い始めた。欲望のままに攻撃し、奪い取る。男を倒そうと腕自慢の奴らが次々と襲いかかってきた。ウザいので片っ端から返り討ちにしてやった。  やがて、男の下には強きにへつらい弱きをくじくような連中が集まってきた。どう見ても人間ではない化け物のような連中だが、男に対しては素直に言うとおりにするのでウザいと感じることはない。彼らが望むとおりに手下にしてやった。  男はどこかの城を奪い取り、そこに居座って、手下達に街を襲わせるようになった。自分で出て行くのがそろそろウザくなってきたからだ。たまに人間や人間っぽい奴らが数人で集まって城に乗り込み、手下を倒して男のもとに現れ挑んでくるが、そのたびに自分で叩きのめす。奴らは男のことを「魔王」と呼んでいたが、それをウザいと感じることはなかった。  そのうちに神様に仕えているとか言う女が、仲間と共に男の元に現れた。厳しく自分自身を律しているのが、身につけたものや立ち居振る舞いから伝わってくる。 「あなたに思慮が備わって、欲望を御する事が出来たなら、人々を救う力となりますのに」  そう言いながら男を攻撃してきた。これまたウザくてたまらない。「偉そうに講釈垂れやがって」と、衝動のままに散々に叩きのめしてやった。 「いつか勇者が現れ、あなたを打ち倒すでしょう」  そう言って動かなくなってしまった女を、仲間たちが抱え上げて逃げ出していった。「やれるもんならやってみろよ?」と思いながら、追い撃ちするのもウザいと放っておいた。  そんなある日、ひときわ強い奴が現れた。奴はいつぞやの女を始めとした仲間と共に男の城に乗り込んできた。特別にあつらえられた鎧に鋭い光を放つ剣、と見た目からして違う。その印象通りに今度は強い。これまでの奴らとはまるで違う。どうやらコイツが「勇者」らしい。 「非道の限りを尽くす魔王よ、いまここで打ち倒す!」  これまでになく最悪にウザい! 男は勇者らしい奴の激しい攻撃よりも、正義ぶった小偉そうな様子に対してムキになって苛烈な攻撃を加えた。  余波で城のあちこちが崩れるほどの凄まじい激戦の末、ついに男は倒された。  これほどの強さだ、もしかしたら、自分と同じように転生とやらでこの世界にやってきたのか? 「お前も転生してきたのか?」と男が尋ねると、勇者は「転生? 何のことだ? 違うぞ」と答えてきた。  男の意識が薄れる中、彼の意識の中に女が現れた。この世界へ転生したとき横にいたあの小偉そうな女だ。 「勇者も倒す相手がいないと力を持て余し、闇堕ちする。だから、私は転生を司る女神としてあなたを呼んだのです」と告げてきた。 「ふざけんな、あんな良い子ちゃんぶったウザい奴の相手をさせるために、俺を転生させてきたのかよ! ウザすぎる!」  男はかんしゃく混じりに叫びつつ、自分の意識が闇に消えていくのを感じとっていた。 「……まあいいか、何もかもがウザかった俺自身が一番ウザかったからな。そんなウザいのとお別れ出来るならいいさ」  女神の言葉に何となく納得しながら、男の意識は闇に消えていった。
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