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1、柔らかなシルエット
バーチャルYouTuberという文化がVtuberとして略され、徐々にインターネットを中心に人々の中に優れたコンテンツとして根付き始めていた頃だった。
それは時に絵画のように色鮮やかに視界に映り込み、川のせせらぎのように穏やかな気持ちにさせ、嫌なことを忘れさせてくれた。
同時にそれはコンサートホールに響き渡る音色のように優しく響き渡り、自然と人を集め……いつしか、空虚だった日常を埋めてくれるようになった。
誰もが輝きたいと願うこの時代に、今、千年桜が開花する。
ずっと、咲き誇りこの世界の片隅に残り続けることを願って。
遠く感じていたものを近くに感じれば感じるほど、別れは寂しいことだと気付くこともなく。
*
四月中旬のある日、 大野凪沙は生まれて初めての生配信を開始した。
「こんひめー! はじめまして、上杉定姫です。ついに初配信の日を迎えました。皆さん、この声が届いていますか?」
緊張で早まる胸の鼓動に押し潰されそうになりながら凪沙は声を張り上げる。第一声から明らかに緊張の色が滲み出ており、これが生涯まで残り続ける初配信の瞬間だと思うと恥ずかしくなるほどだった。
凪沙が命を吹き込むアバターは戦乱の世から現代にやってきた女武将という設定だ。
2Dモデリングで表現された凪沙のVtuberとしてのアバター、上杉定姫の姿がレイアウトを施した配信画面に映し出される。
原画の画風を保ったまま2Dイラストを立体的に動かせるLIVE2Dによって、違和感のない形でより感情表情豊かな姿を画面の向こうまで届けることが出来ている。
「定姫は右も左も分からず現代にやって来た女武将です。
こうして集まった皆のことは今日から家臣どもとして歓迎しようと思う。
苦しゅうない、ゆっくり話を聞いていくとよいぞ」
設定に合わせた慣れない口調に四苦八苦しながらマイクに声を乗せると同時に配信コメントを確認する。
今日までSNSなどで宣伝を行ってきたおかげでリアクションが返ってくると、凪沙は内心、歓喜しながら言葉を続け、無事に声が届けられていることに安堵するのだった。
*
大野凪沙がバーチャルYouTuberを始めたのは大学二回生のことだった。
「私は特に趣味もないからいいかなって思って。知ってる? バーチャルYouTuberって今、流行ってるんだよ」
Vtuberデビュー約一か月前、凪沙は親友と一緒にやってきたカフェでそんな話を切り出した。
普段は仏頂面でミルクティーを飲む凪沙が生き生きとしている。これはどういう心理の変化なのかと興味を持った親友の上園恵理那は次に凪沙の見せたスマホ画面を凝視して見つめた。
「あっ……松来先生のイラストじゃん」
「えっ? まだどこにも公開してないのに分かるんだ」
凪沙は自分がこれからVtuber活動で使う立ち絵のイラストを見せただけで、それを描いたイラストレーターを当ててしまった恵理那に驚いた。
「当然じゃん、サークルスペース近所だったこともあるし、スケブの交換もしたことあるよ」
凪沙は思わず目が点になった。凪沙には恵理那の平然とした返しの言葉の意味は全く異次元のもので理解が出来なかった。
同人作家を長く続ける恵理那にとっては特別考えを巡らせた回答ではなかったが、事知り合いのイラストレーターが描いたものとあれば気になってしまうのだった。
「それで、そのイラストがどうかしたの?」
「だからさ……これが、私が配信する時のモデリングになるの! まだ準備中だから完全に動くところまではいってないんだけど」
「そういうことね。先生スケジュール忙しいのに、よく受けてくれたわね」
ハイテンションに感動を伝えようとする凪沙に対して、遠回りしながら話しを理解した恵理那は実に冷静であった。
身長も体格も似たり寄ったりの二人、凪沙がロングヘアーである一方、恵理那は金髪のショートヘアーにいつもヘアバンドを付けておでこを晒している。前髪を上げている方が漫画が描きやすいんだと恵理那はこの事を説明している。
高校で一緒の女子高だったこともありそこで知り合った二人、どちらがモテるということもなく互いに比較しあうこともなかった。
それから腐れ縁のように大学が別になってもこれまで通り親友を続けて来られたのだった。
「松来先生がVtuberに興味があるってSNSに書き込んでて……当たって砕けろの精神で突撃したらOKしてくれたの。あっ、先生のことを知ってたのは、恵理那の部屋に置いてた同人誌を読んで好きになったからだけど」
そんな浮かれた凪沙の言葉を聞いて、どんな言葉で先生の心を射止めたのかは分からなかったが、恵理那はこれならちょっとは凪沙の始めようとしているVtuberという異文化な活動に期待してもいいかなと思った。
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