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いっちゃんから訊いた話はこうだった。
5年前、映画の新人俳優発掘オーディションの最終選考に落ちたいっちゃんは其処でスカウトされたとある芸能事務所に所属する事になった。
雑務をこなしながらいくつかのオーディションを受けたけれどどれもダメで、結局1年程でその事務所を辞めたそうだ。
その後色んな職業に就いてお金を貯めてやっと自分のやりたい事を実現させるための小さな会社を立ち上げた──ということで私にその会社に就職しないかというお誘いだった。
「会社作っちゃうなんて凄いね、いっちゃん!」
『いや、会社といっても本当小さなもので……。だから人手は足りないんだけどちゃんとした求人をしてもまともな給料が払えないっていうかさ……ちょっと色々弊害があって……』
(? いっちゃん、急に歯切れが悪くなった)
『それで涙花のことを思い出して涙花なら気心知れているし、多少の雇用条件の悪さも寛容してくれるんじゃないかと思って』
「……いっちゃん」
『仕事が軌道に乗るまではアルバイト程度の給料しか出せないんだけど、どうしても俺の仕事、涙花に手伝ってもらいたくて……あ、住む処はちゃんと用意するよ。着の身着のままで来ても大丈夫なようにす──』
「行く!」
『え』
「私、いっちゃんの会社に就職するよ!」
気が付けばいっちゃんの言葉を遮ってまでなんの迷いも淀みもなくそう答えていた。
(だって迷うことなんて何もないでしょう?!)
大好きないっちゃんから『涙花に手伝ってもらいたくて』って求められているんだよ?!
なんの夢もアテもない私が必要とされている人の元に行く事が出来るのならこれほど嬉しいことはない。
『涙花、いいのか? じっくり考えていいんだぞ』
「ううん。私、いっちゃんの役に立ちたい。いっちゃんのために働きたいよ」
『……涙花』
(はぁぁぁ~~~まさかこんな夢のような展開が待っているだなんて!)
この時の私は思いっきり浮かれていた。
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