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男の人が笑い終わるまで数分。行き交う人のチラチラと見る視線にもすっかり慣れた頃、男の人はやっと真面目な顔に戻って話し始めた。
「君、アオキルイカちゃんでしょう? 樹の幼馴染みの」
「はい、そうです」
「樹から頼まれて僕が君を迎えに来たの」
「あ……そう、なんですか」
いっちゃんが来てくれるとばかり思っていたから少しだけ気落ちした。
「急な仕事が入ってやむを得ない状況でね。樹は君を迎えに行きたいって最後まで駄々をこねていたんだけど社長がそんなわがままを言っていたらダメでしょう?」
「……はぁ」
「だからそんな顔しないでくれる? ちょっと傷つく」
「え?」
「迎えに来たのが樹じゃなくて残念だってあからさまに顔に出ている」
「えっ! あ、あの、そんなっ、あなたが嫌だとか残念とか、そういう気持ちでは決してなくて!」
「……」
「というか、あなたは誰なんでしょう?」
「は? ……今、それ?」
「だって尋ねる間もなくずっと笑っていたので」
「……笑う? 誰が?」
「あなたが」
「僕?」
「はい」
「……」
男の人は少し考え込む仕草をした。
「……僕、笑っていない」
「──へ?」
「君は幻覚を見ただけだから。嘘をいってはいけないよ」
「……」
私はこんなにも清々しく見え透いた嘘をつかれたことがなかったのである意味この街の人の多さに驚いたよりも強い衝撃を受けたのだった。
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