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忙しい日常が戻った。
幸の消息は全くわからない。今日も幸がこの世の何処かにいますように……そう願いながら眠る日々。
クリスマスソングが街を賑やかにする季節、1通の手紙が届く。
差出人の名は小野寺葉子……僕は聞いたことがない名に首を傾げながら、ペーパーナイフで封を切った。
中には便箋が1枚。
『はじめまして。いきなりの手紙をお許しください。小野寺幸の母です。
民宿の女将さんに事情を話し、無理を言って貴方の住所を教えてもらいました。どうか女将さんを責めないでください。
幸は先日天に召されました。
あの子は、貴方の話をする時は幸せそうでした。桜貝を最期の時まで大事にしてました。幸せをもらったと笑ってました。
ありがとうございました』
僕は目をつむり、幸の笑顔を思い出す。
とうとう僕の天使は天に帰ってしまった。
あれから20年の時が経った夏の終わり、僕はあの浜辺に立っている。
「パパー」
「どうした、明日香」
駆け寄ってきた5歳の娘に、僕は感傷的な18歳の顔から父親の顔になった。
「見て! パパ。お空がきれいなの」
娘の小さな指が差す方向には天使の梯子……薄明光線という気象現象。
「ああ、天使の梯子だ」
僕が呟くと、明日香は首を傾げる。
「てんしのはしご?」
「天使が舞い降りるんだよ」
「へぇ、パパ、天使に会ったことある?」
娘の無邪気な質問に僕はにっこり笑った。
「あるさ。とても可愛くて、綺麗で、笑顔が素敵な天使にね」
「あすかも会いたいなぁ」
「そうだな。会えたらいいな」
「あ、ママが呼んでる! パパ行こう!」
明日香に腕を引っ張られながら、僕は雲を見上げる。
夏の終わりに出会った天使は、この梯子の上から僕を見ているのだろうか。
きっと君は笑顔で言うのだろう。
『ほらね! 慎一君、幸せになれたね!』
うん、僕は幸せになった。
でも……
夏の終わりの3日間は君の笑顔がとても恋しい。
《了》
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