夏の終わり、波の音、僕は天使に恋をした

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「ねぇ、名前は?」 「慎一(しんいち)江夏慎一(えなつしんいち)。君は?」 「ゆき……ゆきっていうの」 「ゆき? 冬の?」 「ううん、えっとね……」  僕の隣に座った彼女は右手の人差し指を使い、浜の真砂(まさご)に幸せと書いた。せの文字だけササッと払って消し、ふふっと笑う。 「(しあわ)せの(さち)って漢字で(ゆき)って読むの」  僕は胸に(ゆき)という名前をゆっくり刻み込んだ。 「素敵な名前だね」 「でしょ? ねぇ何歳?」 「18」 「大学生?」 「うん」 「どこの大学?」 「東立大」 「わっ、すごい。頭のいいとこだ」 「それほどでも」 「大学って楽しい?」  興味津々な様子で矢継ぎ早に聞いてくる幸に、僕は苦笑しながら答えた。 「うーん、どうかな……勉強するところだからね。君……(ゆき)さんは何歳(いくつ)?」 「私? 16」 「じゃあ、高校生だ。がっ」 「ねぇ、慎一君は旅行できたの?」  学校は?と言いかけたのと同時に幸が顔を覗き込んだ。いきなりの幸のドアップに僕は面食らい顔を背ける。 「う、うん……3日間だけ」 「私も3日間だけ」  楽しそうな彼女に、学校は?なんて野暮かな……と僕は話題を変えた。 「幸さんは」 「幸でいいよ。年下だし」 「幸……ちゃんは」 「ゆ、き!」  女の子を呼び捨てで呼ぶ事に慣れてない僕は躊躇(ためら)ってしまう。幸の瞳からは頑として譲らない強い意志を感じ、小声で彼女の名前を口にした。 「……幸も……旅行?」 「そんなとこかな。海がね、見たかったの」  海を眺め、なぜか物憂げな色を瞳に覗かせる幸だったが、すぐに僕に向き直り、えヘヘと笑った。 「駄々こねちゃった」 「駄々?」 「うん、駄々」  再び、憂いを帯びた空気に包まれた幸に、あれこれ聞くのは憚られ、僕も口を閉ざす。
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