夏の終わり、波の音、僕は天使に恋をした

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 その幻想的な光景に僕はへぇ……と感嘆の声を上げる。 「天使の梯子(はしご)。天使が舞い降りる梯子」  幸は白い帽子を押さえながら、無邪気に笑った。  君が舞い降りてきた天使なんじゃ……  そんな気障(キザ)な台詞が口から出そうになり、僕は顔を火照(ほて)らせる。 「見るとね、幸せになるんだって! 慎一君、幸せになれるよ!」 「じゃあ、(ゆき)も幸せになれるでしょう?」  僕の言葉にハッとし、俯く幸。 「幸? どうしたの?」  慌てて顔を上げ、幸は笑顔を作る。 「ううん。もう帰らなきゃ。今日、楽しかった!」 「あ、連絡先……」 「私、スマホとか持ってないの」 「じゃあ、明日! 明日も会えない? 今日と同じくらいの時間に」  ここで縁が切れてしまうのだけは避けたくて、慌てて誘いの言葉を口にした。彼女は一瞬戸惑いを見せたが嬉しそうに笑う。 「うん」  もし天使がいるのなら、こんな笑みを(たた)えるのかもと思わせるほどの綺麗な幸の微笑み。 「じゃあね」 「じゃあね」  少しリズミカルな足取りで帰る彼女の背中から羽が生えている幻が見え、僕は目をこすった。  トントントンと軽やかに歩き、そのまま羽を広げて飛び立ってしまうのではないかと、すでに遠くを歩いている彼女に思わず右手を伸ばす。  彼女が手の届かないどこかに行ってしまいそうな不安が、僕の心に1滴落ちた。
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