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ロックンロール活動
「あ〜ロックー、ロックー、私のロックは、いりませんか〜?今ならタダで私のロックを与えられますよぉ!」
駅の中にあるスーパーの前の、何も無い空間で、その声はいつも響いている。このスペースは私たちの場所。私たちの拠点だ。
私は、そこへ迎う寄り道で、何となく河川敷の高架下に行き、思いつきの歌詞を即興で歌っている。
「あぁーロッキンバン、私は生まれたてからロッキバーン!地面から生まれたダイヤの原石、ロッカーバーン!孤独に生まれ、孤独に死にゆく、ロックバンガー!これが私の生きる道」
大声で歌いながら歩いていると、いつの間にか高架下に着いていることがわかった。
私が、いつものように即座に拠点に行かず、少しの寄り道をして、こうして大きな声で歌を歌っているのは、あの嫌なことを少しでも掻き消したいからなのかもしれない。あともう少しの辛抱で無くなるのだと考えると気が楽になった。
歌を散々歌い尽くした後、私は本来の目的地である駅内にあるスーパー前の広場に行くことにした。
道の途中に、夏の日差しを全面に受けた校舎があった。今頃、学校ではこの暑さの中、授業が繰り広げられている。同じ教室で、同じ教科、同じ教師、同じ生徒。何もかも同じ日常。私は、そんな退屈な囚われた日常が嫌いだった。いつも休んで街をふらつく。それこそロックだろう。でも全く、よくこんな暑い日にあの暑い校舎の暑い教室で、むさ苦しい空間の中、授業なんて受けれるなと思った。まあ、私もこの暑さの中外に出て、黒いレザーパンツを履き、長袖のロゴTを着ているから、彼らからしたら私の方が異常なのかもしれないけど。はっきり言って、最高な私に、この最低な街は相応しくないと思った。この街は何かも型にはまっていて、街全体が雁字搦めになっている雰囲気がある。最高にロックじゃないこの街が、最高にロックな存在の私は嫌いなのだ。ここの空気を吸ってたら、私のロックが穢される。そして、いつの間にか埋もれ、消されていく。粉々になった鉄くずや黒ずんだ埃の混ざった空気がこの街には流れている。私にはそう感じた。例え、その町の誰かが私のことを鉄くずや埃扱いしたとしても私はそれを気にもとめないだろう。私はダイヤの原石なのだ。この街にもきっと私と同じダイヤの原石はいるはずなのに、鉄くずの中に埋もれてしまって見えないか、埃をかぶって黒ずんで、ただの石のように見えているだけだ。
「おー、ロックちゃん!」
駅の中にあるスーパーの空きスペース、寂れた何も無いコンクリートの空間に私たちの拠点はある。 そこに、一人、私に手を振るおじさんがいた。
「アレ、もう終わっちゃった?」
「今ちょうど終わって戻って来たところだよ」
そう笑顔で、おじさんは答えた。アレというのは、私たちの拠点で行っているロックンロール活動だ。活動目的は、ロックの仲間を集め、私たちのロックを教授させること。活動内容としては、自由に遊び、話し、そして歌う。その姿を見せて、参加者を集うのだ。
「そっかァ、参加できなくてごめんっ!」
「いやぁいいよお。ロックちゃんは自由なのが一番だし」
「へへ、おじさんありがと」
このおじさんは、私のロックな仲間、一号だ。名前は知らないが、一応あだ名はある。あだ名は、テグさん。手癖の悪いテグさんと覚えれば簡単に覚えられた。結局、私はおじさんと呼んでしまうことが多いけど。
「それより、ロックちゃん、このお弁当食べる?」
「うわ!美味そう!これ高いやつじゃん!」
「うん。近所のスーパーでね仕入れてきたんだ」
「おじさん、仕入れると言うより、くすねるでしょ」
「あはは、ロックちゃん、それはしーっだよ」
「まあ、いつもの事だしねー。今問題になってる食品ロスへの貢献だね」
テグさんのロックなことは、こんなところだ。毎日毎日、自分のために、私のために、人を欺いて、色んなものに手を出して、消費して、それで満足する。世間一般的な表現で言ったら、テグさんは、盗みを働いている。私はおじさんの手は喜んでいると思う。誰かの為に盗みを働くおじさんの手はとても幸せなのだ。なんで彼はこんなにも素敵なのに奥さんと娘に捨てられたのかが不思議でならない。捨てられるべきは彼の他にもっとあったはずで、彼を含め、捨てられるべきものでないはずの物が捨てられてしまうのがこの街なのだ。
「あ、テグさんに、ロックちゃん」
「やっくんじゃん!」
「おう、ヤクさん、どうだいヤクさんも食べるかい?」
「お、今日もテグさん弁当出店してるね。店長ひとつ頂くよ」
そう言われ、テグさんは、しゃがみこんで服に皺をつくり、パンパンになったビニール袋に手を入れる。そこからまた盗んだであろう弁当を取りだした。
今はもうお昼すぎで、私は貰った弁当を夕食に当てることにしたがやっくんは、貰った途端に性急に食べ始めた。その食べ方は、獰猛な獣が死んだ獲物を貪り食う様子に似ていた。
私がやっくんと呼ぶこの男は、身長が高く痩せていて、顔が青白く痩せこけている20代後半の少し猫背なお兄さんだ。テグさんはヤクさんと呼ぶ。彼は、見た目通りに、気力のない感じでいつも気だるそうにしている。でも話してみたら、とても気さくでいい人であり、大抵の冗談を理解して話を合わせる頭の回転の良さも持ち合わせている。
「ロックちゃん、一本どう?」
「私、タバコ吸わないんだよね」
「そっか、残念」
「じゃあこれは?」
そう言って彼は小さな袋を私に差し出してきた。その袋の中には白い粉が入っている。
「やっくん、面白い冗談だね」
「うーん、もうちょっとウケると思ったんだけどね」
「やっくんそれは、ネタになる人が言うとウケるんだよ」
「アハハ、そっか〜」
彼は、薬物乱用者だ。覚せい剤、大麻、MDMAなど名の知れたものを沢山使う。だから体もボロボロで廃人のような見た目をしているのだ。たまに幻覚とか幻聴を見たり聞いたりもするらしい。でも彼は決して他人に害を与える人間では無いことを私は数ヶ月間、関わって知っている。むしろ、彼は見た目以上にユーモアのある人間であり、自虐ネタで人を楽しませる。そんな彼が私は好きだった。もちろんLOVEではなくLIKEの方だが。好きな理由はもちろん彼がロックだからである。
ロックな私とロックな彼ら二人が駅近くのスーパー裏で、新たなロックな人材を見つける、そんなような毎日を私は続けていて、そして、満たされていた。私の居場所はここだと思った。
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