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私のロック
「あの、私もやりたいです」
と、私と歳が同じくらいの風貌の女の子が唐突にそう言った。
彼女は真面目そうな見た目をしていて、とても私たちに似合わさなさそうだと思った。でも、ここに来たからには、何かしらロックな事情があるだろうし、ないとしてもロックな自身に変わりたいと思っているはずだ。
「よーし、じゃあ君も今日から私たちのロックな仲間だ!私はロック。よろしくね」
私はそう言って受け入れた。彼女はあのSNSを見て、私たちの活動を知ったらしい。あのSNSはやはり効果があったのだ。わざわざ創った甲斐があった。
「僕はみんなからやっくんって呼ばれてる。由来については、お察しの通りだよ。よろしくね」
「私はテグっていうあだ名があるよ。手癖が悪いからテグって由来なんだけど、ロックちゃんにはおじさんって呼ばれてるからおじさんでもいいからね」
私に連なって、やっくんやテグさんが彼女に自己紹介をした。ちょうどいい機会だと思った。
「こんな感じで活動のメンバーにはみんなあだ名がついてるんだけど、君にはなんのあだ名がいいかなあ。なんかよばれてるあだなとかある?出来れば、中々ない特徴的なあだ名で」
「特に、ないですけど、、」
彼女は気まずそうに黒縁のメガネを触りながらそう言った。
「じゃあ特徴で決めるか、なんか他の人には無いものある?」
「特徴なら、私は眼鏡をしているのでそれかと」
眼鏡か、たしかに彼女はオシャレな黒縁メガネをしている。素人目だがとても高そうに見えた。眼鏡っ子だから略してメガちゃん。私の脳ではこれが精一杯の思いつきだった。
「じゃあ、まだ仮だけどメガちゃんでいい?」
「メガちゃん。可愛くていいんじゃない?」
「うん。私も彼女によく似合っていると思うよ」
彼女よりも、彼ら2人が早く反応した。彼らがいいと言っても当人がダメと言うならダメだろう。しかし、彼女はその2人に押し流されるかのようにこのあだ名を受け入れた。
「じゃあ、それで、、お願いします」
後にメガちゃんから聞いた話だと、外見のメガネが特徴というのは、とてもメガネに拘るっているかららしい。なんでも、お気に入りのメガネを何十個も持っていて、集めるのが趣味だという。気分によってメガネを変えるのだ。これはメガネコレクターといえる。結構ロックな一面が見えて嬉しい気持ちになった。
メガちゃんが入ってから数日が経ち、今日は初めてメガちゃんが、ロックンロール活動に参加する日だった。私とは数回SNSでやり取りをしたから慣れてきているとは思うが、まだやっくんとテグさんとはあの日に自己紹介を交わしただけだ。緊張もあるだろう。メガちゃんは、初めての私たちとの活動に緊張していたが、それは直ぐに解かれていった。なぜなら、今日のロックンロール活動の舞台はゲームセンターだからだ。
「あ、ここよく来たことある」
メガちゃんがそう小さく呟いた。このゲームセンターは錆びれた商店街内にある小さな古めかしいゲームセンターだ。とはいえ、人はよくいるものだ。住宅街が近いからというのもそうだがここでしか出来ないレトロゲームが多くマニアからも人気なのである。
「そうなの?家から近いの?」
「うん。飯嶋中学校からも近いし、帰りに寄る生徒も結構いる。私はしてないけど」
「メガちゃん飯嶋中なんだ。私は粟原中 」
「あーあの...」
「そう、あの」
「ていうかさあ、歳同じ?中ガッコ3年?」
「はい」
「それならさぁ、敬語なんて捨ててタメ語でこれからは行こうよ」
「はい。ああ、うん」
ぎこちない返事だったが、少し嬉しそうな顔をしたメガちゃんを見れて、私は満足した。
「テグさんとやっくんは年上の男だから同年代の女の子が来てくれて嬉しいよ」
「あーうん。それは良かった」
彼女と会話した後、テグさんとやっくんが先にやっていたメダルゲームに参加した。メガちゃんの演奏担当は何がいいかを話し合いながら。私は、古めかしい、ボールを落として穴を埋めていく埋まれば埋まるほど良いメダルゲームをやった。この埋め込まれたネジなどが内蔵された磁石によって影響され、ボールの落ちる位置が操作されるという仕掛けの噂のせいで前より純粋に楽しめなくなったが。それでも同じ所にボールが2つ溜まるとボールが全部落ちてしまう儚さとその時に感じる残念さは変わらなかった。メガちゃんの元に同年代の制服姿の女の子3人組が寄ってきた。
「近藤、こんなとこで何してんの?」
私に一瞥もせず、ただメガちゃんだけを睨み眼で、見下ろして、見下していた。
「そこの一緒にいるダサい女は誰?アンタなんかに友達いたんだ?」
私を指さし、顔を小さく上下させて、嘲笑した。
「すみません、連れさん。私たちと近藤さんはこれから予定があるので、借りていきます」
「その予定に私も付き合っていい?」
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私はその時初めて思った。この人は、普通の人じゃない。怖い人なんだって。それまでは、とても優しくそして信頼出来て、私に新しい世界を見せてくれる革命家のような存在だと思っていた。彼女の存在が今までの人生の中で一番光輝いて見えたのだ。
私の人生は暗闇ばかりだった。小学校の頃から虐められ、それが中学でも続いた。親に相談したり、いじめっ子に刃向かったりしようと決意した日もあったけど、私には無理だった。なぜなら、私は弱い。そして、心の痛みの分かる真人間だったからだ。
私が思う真人間は、世間一般的で、大抵の人と同じように人の痛みが分かり、大抵の人と同じように少し自分勝手なところがある。そういう人間だ。真人間じゃない人は、人の痛みが分からなかったり、エゴイストで自分勝手すぎる人間だったりすると勝手に思っていた。私をいじめていた3人はこれに当てはまっていた。真人間の大衆達は、いじめに加担せず見て見ぬふりをするか、自分がいじめの対象にならないよういじめに同調するかだ。真人間でない人間じゃない限り、わざわざいじめの第一人者、主犯格になろうとしない。いじめられる側の対応も、そのように真人間かそうじゃないかで別れると思う。私は真人間だから、歯向か得ず、ただ従うままだった。何度も、歯向かおうと決意したことはあった。でも、結局実行には、移せなかった。私はその後の展開に恐怖したのだ。やり返されるかもしれない。まず、上手く歯向かう自身もなかった。ただ悩みもがき、苦しみながら、針が敷かれたレールの上を血だらけになりながら進むしか無かったのだ。
彼女、ロックちゃんは、そんなレールから脱線していた。彼女の目は、私の目とは違った。真っ直ぐな瞳なのに、その瞳は目の前の事実を捉えていない。そんな不思議な目。彼女は、レールから脱線した道無き道を、我が道を作っていた。そんな生き方は到底、常識人にできる事じゃない。彼女が、私のいじめっ子たちに歯向かった時、彼女はそちら側だと悟った。彼女は、私をいじめたいじめっ子と同じ真人間ではないのだと。そう思った瞬間に、彼女への憧れは恐れと変わっていた。彼女自身を恐怖するのではなく、彼女が何かやらかすのでは無いかという恐れだ。私がいじめっ子達に従わざるおえなかったのは、いじめっ子達の異常さが私を動けなくしたから。私がロックちゃんとロックちゃんの活動に憧れたのは、ロックちゃんの異常性に私が惚れたからだ。私たちは彼女達の思考が理解できなかった。
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結局女3人組はメガちゃんと少し話したあと直ぐに去っていった。私はただそれを見つめるだけだったが、相手はかなりそれを意識していた。彼女たちが去った後、私はメガちゃんに、聞いた。
「あの子たち、メガちゃんをいじめてるんでしょ?いいのあのままで」
「うん、、、私がどうすることも出来ないし」
そう言って俯く彼女のために、なんとかしてあげたかった。彼女は私の仲間だからだ。メガちゃんには前を向いて欲しかった。
「私なら、どうにかしてあげられるよ」
そう私は口に出ていた。しかし、そういった直後、メガちゃんは、顔を恐怖に歪ませた。
「やめて!!!」
それは明らかな拒絶の声だった。
「どうしたの?」
悲鳴を上げた彼女に驚き、私は恐る恐るそう言った。
「怖いの、、、」
「何が?復讐することが?」
「いいえ、それもそうだけど。あなたも怖い」
彼女は淡々と震えた声でそう言う。私が怖いとはどういうことだろう。
「私は、メガちゃんの味方だし、君救うために行動したいの」
「あなたが、いい人だってことは分かってる」
「でも、復讐をしようとしているから。まだ出会って間もない私のためにそんな行動が出来るなんて理解できないの」
「なら、今から私に着いてきて欲しい。私のことを理解して貰いたいから」
「どこへ連れていく気なの?」
「大丈夫、見て欲しいものがあるだけ、メガちゃんは何もしなくていいから」
そう言って、彼女は私を廃工場へ連れていった。あの、私が断罪したいじめっ子達がいる場所だ。彼女はさらに私のことを怖がるかもしれない。それでも、理解して貰うにはこの方法しかなかった。
「なによ、これ」
「これが私の復讐だよ」
「酷い。酷いよ。復讐しても何も起こらないただ悲しくなるだけだよ」
「メガちゃん。それは違う」
「これを見ても、なにも私は、理解できない。ロックちゃん、あなたは何を考えてるの?」
「私は、ただ自分の道を真っ直ぐと進みたいだけ。その方法が、彼女達に復讐することだった」
「そんなのおかしい!復讐することで前に進む?進めるわけがない」
「進めるよ。復讐しなかったら、一生嫌な思い出を引きずったまま、その過去に怯える道を進まなきゃいけない。そしていつか足を止めてしまう」
メガちゃんは少し黙ってから、まだなお、否定した。
「復讐する道の方が茨道だよ」
「茨道でもいいんだよ。綺麗な道を苦しみながら進むよりは」
「復讐は何も生まない。残るのは後悔だけ。その一般論を覆す。それが私の復讐。それが私のロックなの」
「復讐した子達への罪の意識は無いの?」
「私は、彼女達がしてきたことをそっくりそのまま返すだけ。同じ痛みを味わってもらう。これでリセット。だから私が罪を感じる必要もないし、相手が罪を感じる必要も無いの」
「ロックちゃんは強い人だね」
メガちゃんは声を絞り出すようにそう言った。その声はとても掠れていた。
「メガちゃんも強くなるために、君を虐めた彼女たちに復讐しよう」
「私には、、出来ないよ」
「大丈夫。私が見本を見せるから」
私は励ますように、そして諭すようにそう言った。メガちゃんの目は、まだ濁っているように見える。いつか、私はこの目を透き通った目にしたいと思った。私と同じような目に。
今日は、私は新曲を歌いながら、メガちゃんのいじめっ子に復讐を果たしに来た。
「路上の下に埋められた沢山の砂粒はー、無数の足に踏まれ続け、息を止めてしまう。本来の居場所を求め、防波堤の向こうへ、連れて行き、そして還る。その時には、結晶さ。縛られた籠の中、道の途中投げ出され、そのまま忘れ去られる。された方は忘れない。した方は覚えてもいない。人の悪はとても穢れている。そんな心を持った人々へと、私のロックを響かせたい。貴方の眠れるロックを見つけたい。きっとそれが実現した街は秀麗だ」
これからも私の 復讐は続いていく。
「ロックちゃん今日はどこへ活動しに行く?」
テグさんがそう聞き、私は笑顔で答えた。
「うーん、人はもう結構集まったし、街を壊しに!」
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