74人が本棚に入れています
本棚に追加
〜知恩院跡〜
本堂まで辿り着けたのは、15人の内8人。
消防隊員を含めて7名が気分が悪くなり、境内に設けた医療テントへ駆け込んだ。
刑事課で25年。
様々な死体や現場を見て来た倉沢。
それでも、死臭に慣れることはない。
腐敗臭とはまた違い、焼死体には独特のものがあり、無意識に一瞬、焼き肉を連想し、それがまた不快感を増幅させるのである。
「メンソールも簡易ガスマスクも、これじゃ効果あらへんなぁ全く。写真を撮ってから、物をどかして、遺体の確認だ」
「倉沢さん、確認も何も…焼け死んだのは見ての通りやないですか?」
同じ刑事課のタフで有名な小暮。
早く済ませたいのは、倉沢とて同じであるが…
「境内にいたのは、修行中の若い僧侶がほとんどや。その38人全員が、誰一人として逃げ出せずに火事で焼死。逃げ場を失うビル火災じゃあるまいし、ありえへんやろぅ」
最初は宗教的な集団自殺か?とも考えた倉沢。
その場合は、1箇所に集まるのが慣例。
しかし現場の焼け跡に散らばった遺体。
更には、三門以外の御堂や寺社が全焼し、仏像が破壊されてはいるが、爆弾使用の痕跡はない。
「倉沢さん、ちょっとこれ見てください!」
カメラを片手に、鑑識の若い警官が呼んだ。
小暮と倉沢が、足場に気を付けながら近寄る。
「急に大声出して、何なん…や…」
面倒くさそうに遺体を見た小暮。
その異常な様は、一目で分かった。
「何だこりゃあ…こいつの腕はどこや?」
片腕は肘の辺りから先が無く、もう片方もぐちゃぐちゃに折れている。
「あそこや小暮。見てみぃ…まさか…だが」
その大きな仏像には頭が無く、首から片耳辺りまでが、へし折られた様に残っている。
ふと…不思議な物に気付き、小暮が近寄る。
そこに焼けて貼り付いた…人の腕。
「そんな…」
「材木の土台に、粘土を付けて掘り上げたもんや。だからほとんど燃えずに残ったんやな」
社物に詳しい倉沢。
「この腕は間違いなく、その遺体のものですね。しかし何故…」
「こっちの仏さんは、額が砕けてやがる。どうやら僧侶らは、素手で仏像を壊した様やな」
「ちょっと待ってくれ倉沢さん。僧侶が何で大事にしてる仏像を? しかも素手でなんか…」
「理由なんか分からんが…骨が砕け、その身が火に焼かれても、殴って殴って殴り続けた様やな」
倉沢の状況推察力は鋭く、署で有名であった。
ゾクリ…と背筋に冷たいものが走る。
「えっ⁉️」
写真を撮っていた彼が、驚きの声を上げた。
ビクッ! っとする小暮。
倉沢も彼を見る。
「どうかしたんか?」
「い…今なんか…遺体が動いた様な…」
前屈みでカメラから顔を上げ、倉沢へ向いた彼。
その片耳が、音を聞いた。
「何っ⁉️、危ない逃げろ❗️」
「ビュガッ❗️」
彼が倉沢の声を聞けたかは分からない。
ほんの一瞬の出来事であった。
「ドンッ…」
呆然と見ていた小暮の足元に、何かが落ちた。
見上げる大きく開かれた目。
ゆっくり、ス〜っと光がなくなる。
「うひゃー❗️」
首を無くした体が、前屈みのまま崩れ落ちた。
そこに現れた屍。
「どうなってるんや…」
呟く倉沢が身構える。
恐怖に硬直した小暮。
「モゾッ…モゾモゾ」
その周りで、焼け跡から次々と起き上がり、這い出してくる屍体。
「…ギャー❗️」
「逃げろ❗️」
外から聞こえてくる悲鳴と叫び。
拳銃を抜き、寄ってくる屍体に向けて撃った。
「パンパンパン💥」
命中した腕や、僅かに残った肉片が千切れ飛ぶ。
しかし、その歩みは止まらない。
「小暮、脚を狙え❗️」
銃声で我に返った小暮が銃を構える。
必死で脚を狙うが、焦りと恐怖で当たらない。
(マズイ…こいつら)
その状況を冷静に判断する倉沢。
完全に囲まれた2人。
ゆっくり、包囲を縮める屍体。
それは…『逃がさない』と告げていた。
最初のコメントを投稿しよう!